第31話 一緒にいるために(2)
屋敷に帰り、一日ゆっくり休んだ。
本当は今すぐにでも咲良に会いに行きたかったが、もし俺と会って事件のことがフラッシュバックしたら? そう思うと気軽に会いに行く気にはなれなかった。
スマホも決闘の最中にまた壊され、今度は買い直すハメになったため連絡も取れていない。
……こうして咲良と会わない理由を探しているのは、また俺が彼女に関わったら似たような事件に巻き込むのではないか。そんな考えが俺の足を縛っているからだった。
次の日、俺は父さんに呼び出された。
その内容ははっきりしていた。関西連合との
「座れ」
「はい」
「怪我はまだ完全には治っていないんだろう。無理はするなよ」
「大丈夫」
俺の予想に反して、父さんはいつものような威圧感を出さず柔和な表情で俺を迎えた。それはこれから変化するだろうものとの落差を想像し、逆に不気味さを覚えた。
「──それで、何の話をするかは分かるな」
「咲良のこと、しかないよね」
父さんは黙って頷く。
「それで全て合点がいったよ。お前が何故あんなに婚約を嫌がったのか。……最初から伝えてくれれば五十嵐と揉めることもなかっただろうに」
「話してたら相手の素性を調べ上げるでしょ。そしたら絶対に認めてはくれなかった」
龍門寺がここまで大きくなれた理由の一つが徹底した身元調査から生まれる連帯感だ。絶対に裏切り者を出さないという信頼関係で関東一帯をまとめるまでの組織へと成長したのだ。
その熱意といえば実の息子にすら監視をつけるほどだ。
撒けないほどのものでもなかったのは親子の縁とやらを多少は信頼しているからか。
「それはそうだ。ヤクザの内側に警察の人間が入るなど許されないことだからな」
「それは咲良の方も同じだ。だから父さんたちには隠して付き合っていた」
「それはつまり、組よりもその女を選んだという事だな?」
「だったらなんだよ」
父さんは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「その女が、お前にとっての一番、なんだな?」
父さんは俺の覚悟を計るように、何度もそう丁寧に問いかける。
俺はまるで父さんが自分の期待する答えが返ってくるのを待っているように思えてしまい、いい加減に面倒になった。
「しつこいな! そうだよクソ親父! 俺は組の拡大とか、メンツなんてどうでもいいんだよ! 俺はただ咲良と一緒にいたいだけなんだよ……!」
ずっとこれが言いたかった。俺はこれだけのために悩み、隠し続けてきた。それも今日で終わりだ。
例え父さんに俺と咲良の交際が認められなくとも、俺は咲良と一緒にい続ける。咲良の側で、彼女を守り続ける。
必要だったのはその覚悟だけだ。
もう迷わない。
刹那、沈黙が流れた。その沈黙は永遠にすら感じられた。
廊下から聞こえる誰かの足音、障子に映る人影、父さんの呼吸、俺の心臓の音。まるでそれら全てが俺を取り囲むかのような緊張感を与えた。
そして父さんは沈黙を破り、口を開いた。
「……分かった。お前は破門だ京佑!」
「え……?」
「お前は龍門寺組とは関係ない、ただの人間だ。極道関係者でも、ましてや龍門寺組の跡取りでもない、ただのカタギだ」
「…………」
「……自由になれ」
その一言を聞いた瞬間、俺の頬を涙が伝った。
全てのしがらみから解き放たれ、足の鎖が砕かれたような気がした。俺はもう、誰からも蔑まれなくていいのだ。ヤクザ者だとはばかられ、後ろ指を指されることもないのだ。
「京佑。俺にとっての一番は、お前だった。ずっとな。だからこそ、いずれお前が継ぐこの組が少しでも大きくなるように……、俺と母さんが死んだ後も生きる意味を見失わないよう
婚約者を……。だがそれは余計な世話だったようだな」
「親父……」
突然語られる父さんの真意。俺はそれをどう受け止めて良いか分からなかった。
「済まなかったな京佑。むしろそれがお前の足枷になっていたなんて」
「…………」
「話はこれだけだ。──今日は離れで寝てくれ。こっちは少しうるさくなる予定だからな」
「あ、ああ……」
そう言って父さんは立ち去る。
ポツンと一人残された俺が感じたのは、開放感でも喜びでもなく、微かな寂しさだった。
夜、俺は言われた通り離れで寝泊まりした。
父さんの言った通り、屋敷は一晩中とんでもない喧騒に包まれ、人や車の出入りも過去に類を見ないほどだった。
そして次の日の朝、俺はニュースで昨日の騒ぎの正体を知ることとなる。
「……は?」
何気なく付けたテレビが大々的に報じていたのは、この龍門寺組の解散についてだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
お読み頂きありがとうございます!
次話2024/03/23 09:00頃更新予定!
今週末完結!最後までお付き合いよろしくお願いします!
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