第30話 一緒にいるために(1)

 当然父さんとも引き離され連行された俺はこれからどんな苛烈な取調べが始まるのかと身構えていたが、行先は警察病院で意外にも丁寧な治療が施された。

 忘れていたがここは法治国家日本だ。


 捕まって一日目は結局検査と治療を受けて終わった。


 次の日、いよいよ留置場送りかと思ったが、どうやら俺はしばらくこのまま入院させられるらしい。

 あの時はアドレナリンで気が付かなかったが左脚の骨にヒビ、中程度の脳震盪、その他脱臼に裂傷が複数と俺の身体は散々なものらしい。


 取調べらしい取調べも行われず、聞かれたのは名前や住所の確認ぐらいだった。


 その一方、父さんや関西連合の人間はどうなったのか、咲良はその後どうなったのか刑事や看護師に訊ねても教えてはもらえなかった。






 それから五日後、いよいよ俺は警察署へ移送されることになった。

 このままもやもやした気持ちを抱え続けているよりも、早くきっちり裁いてもらった方がスッキリすると思っていたので、刑事に警察署行きを告げられても特に抵抗感はなかった。


 しかしいざ警察署へ連行されると、通されたのは取調べ室ではなく小さな会議室のような別室だった。

 もうひとつのイレギュラーを指摘するなら、その別室にいたのは朝日奈正道その人だったことか。


「お久しぶりです……と言うほどでもありませんね」


「ふん。いいから座れ」


 約一週間ぶりに見た朝日奈正道は酷くやつれ、顔や手が傷だらけになっていた。

 龍門寺か関西連合の御礼参りにでも遭ったのだろうか?


「……これは娘にやられた」


 俺が疑問を口に出さずとも、その様子から察して勝手にそう答えた。警察のトップに登り詰めた男の洞察力は間違いないようだ。


「君を返せと煩くてな。妻からもあれだけやっておいて最初から咲良を守れなかったことを責められ、家に居場所がない」


「それはご愁傷さまです」


「半分君のせいだ、と言いたいところだが、実際ら君が助けに乗り込まなかったら娘がどうなっていたか分からなかったというのもまた事実だ。……その点に関しては素直に父親として感謝する」


 そう言って朝日奈正道は俺に頭を下げた。警察がヤクザに頭を垂れるなど有り得ないことだと思っていた俺はその行動に度肝を抜かれた。

 それとも、咲良伝てに聞く朝日奈正道のイメージが脚色されていただけだろうか。


「父親としては本当は数年間どこかにぶち込んで娘と引き離したいところだが、娘や虎澤の証言からも君が犯罪に加担していないことは明らかだ。すぐに解放してやる」


「そうですか……。──父さんは! 父さんはどうなったんですか!? 父さんも何もやっていないはずだ!」


「分かったから落ち着け。……龍門寺京太郎もこの一件に関しては無罪だ。これが外にたむろしていた龍門寺の奴らも参加して乱闘になっていればまた別の犯罪で引っ張れたが、今回は喧嘩の範囲で収められる。そうなれば警察は民事不介入で手出しができん。あの倉庫も龍門寺が一枚噛んだ会社の所有だしな」


「良かった……」


 今回、俺たちの身内で逮捕者は出なかったらしい。安心した。


「龍門寺京太郎もこの後君とまとめて帰す予定だ。……それと関西連合の方は絶対に許さない。現在、福岡県警、山口県警、大阪府警と連携して関西連合の一斉検挙に乗り出している。君を狙っていた組員ももちろんムショ行きだから安心しろ」


「それはどうも。でも俺の心配より、咲良の様子はどうですか」


 俺にとっての最大の気がかりは常にそれだった。あんな経験をすれば外を歩くことすらできなくなってもおかしくはない。

 彼女の心が何より心配だった。


「病院には連れていったが何ともないようだった。しかし学校は休んでいる。幼稚園の時から皆勤賞だった娘がな……。今は部屋にこもっている。心の整理の時間が必要だ。……大変不本意だが、良ければもう少し落ち着いた頃に娘に会ってやってくれ」


 さっきから妙に朝日奈正道が柔らかく応じているなと思ったが、どうやらこれが目的らしい。俺は頼まれなくとも咲良のためならどこへだって会いに行くが。


「もちろんです」


「では私の住所と連絡先を渡しておく。……悪用するなよ」


 そう言って朝日奈正道は名刺を差し出した。表には印刷された名前と連絡先、そして裏には手書きで住所が記されていた。この住所はつまり咲良の家ということか。

 まさか朝日奈正道もヤクザに自分の個人情報を手渡す日が来るとは思ってもいなかっただろう。


「それじゃあもういいぞ。帰れ」


「どうもお世話になりました」


 俺は席を立ち一礼して朝日奈正道に背を向ける。


「……君もある意味被害者だ。ゆっくり休みなさい」


 背中に投げかけられた言葉は、どこか父親らしい温かさに富んでいるように感じた。







 部屋を出るとそこには父さんが立っていた。


「帰るか京佑」


「そうだね、父さん」


 たった数日会っていないだけなのに、やけに久しぶりなように感じる。傷だらけの、不器用な笑顔が今は身に染みるような思いだ。


 警察署を出ると、駐車場の隅の目立たない場所に一台見慣れた車が止まっていた。


「おかえりなさい、親父、坊ちゃん」

「お務めご苦労様です──って、ちょっと違うか」


「ただいま、秀次、翔馬」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/22 18:00頃更新予定!

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