第28話 命を懸けて守りたいもの(5)

 ここまで、少し上手くいき過ぎている。これも何か達磨の計略の一つなのかと疑ったが、茹でダコのように顔を真っ赤にしている様子からどうやらそうでもないらしい。


「思ってた以上やで龍門寺京佑……」


「そいつはどうも」


 しかし俺とてそれなりにダメージを負っている。達磨もそれなりの手練であることは適度に力を抜いたあの構えからも明らかであり、油断は許されない。


 そう思いつつも、俺は父さんたちの方を横目に様子を伺う。

 俺の戦いは所詮オマケで、龍門寺と関西連合の戦いはこの一騎打ちで雌雄を決するのだ。


「どりゃァ!」


「うらァ!」


 互いに一進一退の攻防を続けているようで、決着はまだ先のようだ。

 そして何故か互いに上裸になっている。やはり背負うものを見せて戦うのが極道の流儀なのだろうか。昭和生まれのその感覚は俺には分からなかった。



 ただ父さんがあんな表情を見せるなんて初めてのことで驚いた。怒り……憎しみ……。それ以上に楽しげで、屋敷に鎮座している時よりもずっと生き生きとしていた。

 これが虎澤風雅の望んだものなのだろうか。


「よそ見する暇があるとは、随分余裕やないの!」


「お前があんまりノロマなんでな」


 俺は達磨の左フックを躱し、代わりに達磨の右膝にキックをお見舞する。

 しかし達磨は何ともなさそうにまた距離を取り、次の攻撃の機会を伺っている。


 接近して分かったが、達磨は俺よりも一回り図体がデカい。力の比べ合いや寝技は得策とは言えないだろう。

 それに挑発には乗らない程度の頭もある。これは一筋縄ではいかなそうだ。


「次は俺から行くぞ!」


 俺に達磨に勝つ要素があるとすればそれはスピードしかない。

 ヒットアンドアウェイでひたすらに達磨の体力を削り、持久勝ちを狙うしかない。特にその巨体を支える膝を集中的に攻撃機 し、更にその機動力を奪う。


「クソゥ! 女々しい戦い方をしよって!」


「お前は殺される直前にも卑怯だと命乞いをするのか?」


 ひたすらに蹴りを入れる。これは悪い作戦ではなかった。

 しかし時間がかかりすぎるのもまた事実だ。早く咲良を助けな──


「しまっ──」


「小賢しいわ!」


 一瞬、咲良の方に気を取られた瞬間、さっきのムエタイキックが響いてか俺は足がもつれバランスを崩した。

 その瞬間、達磨の手刀が俺の肩に突き刺さり、その重みで俺は片膝をつく体勢になった。


 当然この隙を逃すはずもない。


「つらァッ!」


「グッ……!」


 丁度いい高さまで引き下ろされた俺の顔面に膝蹴りが直撃。俺は脳が揺れ視界がブラックアウトし、平衡感覚を失って後ろへ倒れた。


「京佑!」


 倉庫に咲良の声がこだまする。


 しかし達磨は手を緩めず、抵抗することのできない俺に対して完全にマウンティングポジションを取った。


「これで終いやァァァ!!!」


 両手を組み、ハンマーのように俺の顔面に振り下ろす。

 ああ、死ぬとはこういうことなのか。そう思った。その時──


「負けるな京佑! 立て!」


「──! うぉぉぉ!!!」


 俺はがら空きの達磨の喉元に渾身の正拳突きを食らわせた。


「がハッ……!」


 喉は簡単には鍛えられない場所だ。俺に確殺を入れようと大振りな攻撃で隙を見せてくれて助かった。


 そしてもうひとつ、人体には鍛えられない場所がある。


「グギャァ!?」


 モロに金的を食らった達磨は内股になりながらその場に崩れ落ちた。


「お返しだァァァ!」


 そして最後は飛び膝蹴りが達磨の顔面にクリーンヒット。

 流石にこの連撃を食らった達磨は鼻血を吹きながら後ろへ一回転して吹っ飛び、完全に気を失った。


「はあ……はあ……はあ……。これで終わりだな……」


 俺は汗と血で歪む視界の中、達磨の身体を乗り越えクレーンの操作室へ向かった。


「き、京佑……」


「ごめん咲良、遅くなった……」


 ご丁寧に近くの机に置かれていた鍵で鎖を解くと、咲良は俺に飛びつき、胸の中で泣き出した。


「ごめんね。怖かったね」


「わ、私は心配などしていない! お前なら絶対に助けてくれると信じていたからな……」


 そう言う彼女の華奢な体躯は酷く震えていた。彼女は決して完璧超人の女帝などではない。一人の、愛すべき一人のか弱い少女なのだ。

 俺は彼女を強く抱きしめる。そして二度と離さないと誓った。


「……でも、京佑! お前は……!」


 咲良の細い指が俺の頬に触れる。


「こんなにボロボロになって……。──すぐに止血する! どこか骨は折れていないか? 指がいくつか脱臼しているな。それに脳が心配だ。ここから抜け出したらすぐに病院に……!」


 咲良は涙を拭うとまるで人が変わったかのように淡々と俺の手当を始めた。彼女は自分の服を割き、俺の出血している箇所に巻き付ける。


「ありがとう。でも、もう大丈夫だ……」


 そう俺は眼下の父さんたちを指さす。


「うおりゃァ!」


「ボバッ……!」


 父さんの巨大な拳が虎澤の顔面にめり込んだ。これは比喩でもなんでもない。虎澤の鼻はへし折れ、前歯が数本吹っ飛んだのだ。


 虎澤は倒れ天を仰ぐ。


「ほんま……適わへんわ……。ワシが負けるとはの……」


「はあ……はあ……。満足か虎澤……」


「ああ……。ワシの完敗や……!」


 虎澤は潔く負けを認め、ぎこちなく笑った。


「よし……! 帰るぞ京佑……!」


「ああ! ……行こう咲良」


 俺は咲良の肩を借りながら父さんと共に倉庫の出口へ向かう。


「……お前ら…………」


「すんませんが、親父のワガママもここまで。アンタらを帰す訳にはいかへんのや」


 決闘を見守っていたはずの関西連合の組員たちが俺たちの前に立ちはだかる。

 もう外の待機組を呼んで、何人死ぬか分からない、めちゃくちゃな戦争を始めるしかない。そう思った時だった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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次話2024/03/20 18:00頃更新予定!

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