第26話 命を懸けて守りたいもの(3)

「京佑! 大丈夫だったか!」


「父さん……」


 龍門寺組本部は大騒ぎだった。一次団体の組長たちが走っている姿など初めて見た。


「天津と横林の事務所襲撃は陽動だったか……!」


「関西連合は少数精鋭の部隊をあちこちで動かし、こちらの分断を狙っていたようです……。そしてその目標の一つが坊ちゃんだったと……」


「だがそれは失敗した。こっちの五十嵐との同盟も間に合った。まずは関東一帯から関西を排除し逆襲する。これは戦争だ!」


「駄目だ父さん……」


「親父、実は……」


「なんだ」


 もはや隠し事ができるような段階ではなくなった。これまでの努力も、全て無駄になる。だが、そうなったとしても、咲良を取り戻せなければ意味がない。


「俺の彼女が攫われた。要求は父さんが今日の二十二時までに埠頭の八番倉庫に来ることだ。頼む父さん……」


「……諦めろ」


「父さん!」


「お前ならまだしも、お前の女のために俺は動けない。残念だが諦めてくれ。きっとまたいい出会いはある」


 父さんは咲良を助けるつもりはない。そんな気はしていたが、その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた。


「聞いてよ父さん! いや、親父!」


「き、京佑……」


「彼女の名前は朝日奈咲良だ」


「朝日奈……だと……?」


「そうだ! 警視庁長官、朝日奈正道の娘だ! 彼女に万が一のことがあれば警察は俺たちを許してくれない! 関西連合も、龍門寺も終わりだ! それだけば絶対に避けなければならない……。そうだろ!」


「…………」


 父さんは黙り込む。


「親父が行かないなら俺一人でも行ってくる! 腰抜けはそこで黙って見てろ!」


「待ってください坊ちゃん!」


「離せ翔馬!」


 咲良のいない世界に価値などない。アイツらの汚い手が咲良の純白の肌を這っている想像だけで死にたくなるほど胸が苦しくなる。

 例え俺が死のうとも、彼女だけは取り戻す。


「……待て京佑」


「待たない! ──秀次! 朝言っていた拳銃、俺に貸してくれ! アイツら全員ぶっ殺してやる!」


「……待て京佑! 俺が行く」


「え……」


「親父! それは無理です! いくらアンタでも向こうが何人いるかも分からないんですよ!?」


「行くしかないだろう! 京佑がここまで言うなら……」


「父さん……」


 父さんが立ち上がり俺の頭に手を置く。

 二メートル近い巨漢が放つ威圧感が、今は安心感に感じられた。


「安心しろ京佑。向こうが武力ではなくこんな形で戦争にしたってことは、あくまでも交渉でカタをつけたいってことだ。ならば約束は守るはずだ。女は無事だ」


 あまりに甘い考えだ。無法者が約束を守る保証なんてどこにもない。

 だが、俺はそれに縋る他なかった。


「向こうの狙いは分からない。このまま後手に回っていては埒が明かない。俺が出向いて直接ケリをつける」


「親父がそこまで言うなら俺たちは従います。ですが埠頭の周りは俺たちが固めます。何かあればすぐに連絡を」


「ああ」


「俺も行くよ父さん」


「坊ちゃんそれはやめといた方が無難です。それは親父一人で来るという約束を破ることになる。そうすればかえって朝日奈さんに危険が及びます」


「……いや、お前も来い京佑。交渉には見届け人が必要だ。……まあ、止めたって聞かないだろうからな」


「ありがとう」


「言いたいことは沢山ある。──だが、それは終わったらだ。まずはこの件を済ませるぞ」


「ああ」







 それから俺たちは身支度を済ませた。

 武器は持ち込めない。戦いになるかもしれないというのにスーツはおかしいとも思ったが、まさかボクシングのウェアを着て交渉の場に赴く訳にもいかない。


 結局、龍門寺傘下が埠頭の包囲を終えたのは十八時頃だった。


「さあ、行くぞ京佑」


「行こう、父さん」


 夕焼けに真っ赤に染まる埠頭。停泊した外国船と大量のコンテナ、そして薄暗い倉庫郡は悪者たちの墓場にうってつけに思えた。


 車から降りた俺たちは肌寒い潮風を頬に受けながらジャケットを翻し、関西連合が待つ第八倉庫へ向かった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/18 18:00頃更新予定!

最後までお見逃し無く!

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