第24話 命を懸けて守りたいもの(1)

「お待たせ」


「いや、今来たところだ。さあ行こう」


 最近は大胆にも彼女の方から手を繋いでくれることが多くなった。

 この前学校でも人前から俺を連れ去る時に間違って腕ではなく手を掴んでしまったのだが、流石にこの程度で怪しむ人はいなかった。


 とにかく、そのぐらい俺たちのデートは自然なものになっていた。


「今日は咲良の買い物の日だね」


「ああ! 本屋とその中にある文房具を見に行こう」


「ちょっとした雑貨もあるし丁度良さそうだね」


「ほう、下見もしているのか。殊勝だな」


 本屋なんて、昔の俺なら絶対に立ち寄ることはなかっただろう。しかし、実は咲良には内緒で一度、本を買いに訪れた。


 理由は至って単純。「理解したかったから」だ。あの詩を、そしてあの詩が好きな咲良のことを。

 外国語を習得するなら、その国で恋人を作ると良いなどと聞くが、確かに大切な人のことを「理解したい」という気持ちはとてつもない原動力になるようだ。


「……文房具以外にも色々あるよな。正直に言って本屋の範疇を超えたものまで。目移りして落ち着かない」


「まあ本屋といっても本だけ売っていたら厳しいんだろうね。でもここにいるだけで何となく優雅な暮らしをしているような気になって俺は好きだよ」


「それは興味深い感性だな。しかし、香水と本屋はあまりにかけ離れていないか……?」


 そう言って彼女は10mlの小さなオードパルファムを手に取った。


「良いじゃん香水。買ってあげるよ」


「そうか? しかしこんなチャラついたものをつけて歩くというのは……」


「そんなことないよ。匂いも身嗜みの一部だって俺のオシャレ好きな知り合いも言っていたし。まあ今でも咲良は十分いい匂いするけどね」


「どさくさに髪の匂いを嗅ぐな! ……しかしつけるタイミングがな……」


 彼女はサンプラーの匂いを試し、お気に入りを選定するぐらいには気になっているようだ。必要なのはもう一押しか。


「家を出た後につければきっと親にはバレないと思うよ?」


「学校につけて行くというのか?」


「校則に香水のルールまではなかったはずだけど?」


「確かにな……」


 適当に言ったが彼女がそう言うのなら本当に校則にはないのだろう。


「任せるよ。好きなのがあれば遠慮せず」


「ううむ……。──か、仮の話だぞ? 仮に次のデートから私がつけてきたら嬉しい匂いのはあるか? 京佑の好みが知りたい」


「んー。俺は甘い匂いが好きだからなー。ミドルノートにバニラがあるこれかな」


「よ、よく分からんがそれを貰おうか」


「うん、分かった」


 完全に秀次の受け売りだが、きっとこれなら咲良にも似合うだろう。


「はい、じゃあこれ」


「ああ。ありがとう」


「さっそくつけてみてよ」


「こ、こうか?」


 ドラマか何かの見様見真似で咲良は首元に香水をワンプッシュする。

 その仕草はあまりに官能的で、こんな人前でさせなければ良かったと後悔するほどだった。


「こ、こら! 人前だぞ!」


「凄くいい匂いだよ」


「そ、そうか……」


 俺が彼女の首元に鼻を近づけると彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その声色は心底嬉しそうだった。


「──なあ、今日はこのまま本屋で一冊見繕ってあのカフェに行くのはどうだ?」


「いいね。そうしようか」


 余程この香水に満足したのか、俺たちは今日の買い物を切り上げのんびりと過ごすことにした。


「今日は詩を買わなくていいのか?」


「周辺知識ってやつだよ」


 俺は太宰治の短編集を、彼女は外国の詩集を買った。


「それじゃあ行こうか」






 俺たちはデパートを後にし、例の裏路地のカフェへ歩いた。


「……ん?」


 その時俺は違和感に気がついた。


「さっきから後ろの四人組がついてきてるな……」


「警察か?」


「いや、警察はあんな目立つような高い時計はしないと思う」


「それじゃあ……」


「うん。多分こっち側の人間だ」


 若い男が四人。この通りにはバーもあるが、こんな真昼間に開いている店はない。


「京佑の監視か?」


「分からない。少なくとも龍門寺本部の人間ではないね」


 単純に柄の悪い連中が咲良を狙っているのかもしれない。


 俺は咲良の背中を押し、少し先に行かせる。そして俺は立ち止まり、咲良と四人組の間に割って立つような位置関係を保った。

 しかし四人組はいつまでも俺たちの跡をつけてくる。嫌な予感がした。


「何か御用ですか?」


 痺れを切らした俺はこちらから話しかけることにした。

 この時、念の為ポケットの中でスマホから秀次に通話を繋いだ。


「お前が龍門寺京佑やな」


 その敵意に満ちた声に、俺は瞬時に身構える。


「……どこの組の人間だ」


「名乗る程のモンやないわ。ついてきてもらうで」


 太った男が俺の腕を掴む。


「……関西か」


「だったらなんや?」


「だったらついて行く訳にはいかないな? ──咲良逃げろ!」


 俺は達磨のような男を蹴り飛ばし咲良手を引いて走り出す。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/16 09:00頃更新予定!

間もなく完結です!最後までお見逃し無く!

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