第22話 一緒にいる理由(2)

「それでは試験始め!」


 俺はそれから毎日昼休みに咲良にしごかれつつ、遂に中間テストを迎えた。恐らく今までで一番勉強した一週間だった。

 その甲斐あってかテスト自体は思ったよりもスラスラと解くことができた。


 中間テストは丸々一週間に渡って行われる。

 俺は宣言通りそこそこの点数を目指して取り組んだ。その一方、自由時間が懸かった咲良は毎日物凄い気迫でテストに臨んでいた。


 テスト期間中は午前授業になる。つまりは昼休みがないので俺と咲良がゆっくり話す時間もない。更に俺のスマホが戻って来るのも今週末と、徹底的に咲良と関わることがなかった。

 仮に昼休みやスマホがあったとしても彼女は勉強で忙しいだろうが。







 ある意味そのお陰でテスト勉強に集中できた俺たちは、互いに過去最高点を取ることができたのだった。


「人間、やれば出来るもんだな!」


「これは本当に塾に行く必要はなさそうだね。冷やかしだと思われるよ」


 691/700点を取った咲良は正真正銘学年一位かつ歴代過去最高得点だった。難易度を上げられるであろう来年の生徒が可哀想になる。

 当の本人は当然ながら嬉しかったようで、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。


「これなら父も納得してくれるだろう!」


 錆びた旧校舎の手すりに掴まり校庭を見下ろす彼女は、風に棚引く黒髪と相まって青春映画の一幕を切り取ったかのような清々しい顔をしていた。


「京佑もよく頑張ったな!」


「そうだね。テスト返却が命懸けじゃなかったのは久しぶりだよ。ありがとう、咲良のおかげだ」


「それは違う。その点数は京佑の努力の結果だ。誰のものでもない、お前自身の手にした成果だ。誇れ」


「……ありがと」


 こうした考え方が、彼女の自信の源なのだろう。どれだけ周囲から厭われようと、絶対に自分は間違っていないのだという心の鎧。

 俺は彼女のそうした心の強さが好きなのだ。


「それじゃあ、来週末からにでもまたデートに行こうか。今度こそ、心置きなく」


「そうだな! そっちも婚約は無事解消できたし、こっちも無事にズルではない休みを手にできる。まさかこんな日が来ようとはな……」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「待たせたな」


「さっき来たところだよ。じゃあ、行こうか」


 俺たちは約束通りの日程でデートに出掛けた。今度は駆け落ちのようではなく、極一般的なカップルのように堂々と外で待ち合わせをして。


「無事、お母さんが勝ったんだね」


「ああ。まさに新自由主義の訪れと言えよう! 逐一どこにいるかLIMEを送れとのことだが、それさえすれば好きなところに行っていいとは偉大な進歩だ!」


 娘の独り立ちというのはどんな父親にとっても受け入れ難いものなのだろう。五十嵐英寿の様子を見てそれを実感した。

 咲良の父、朝日奈正道にも同情するが、そろそろ子離れをして欲しいものだ。


「そっちは監視とやらは大丈夫なのか?」


「五十嵐組との同盟が大詰めになっているからね。組員総出の大騒ぎだから、俺なんかに構っている暇もないみたいだよ」


 俺に何かを押し付けるととんだ面倒事になると分かったからか、父さんすら俺に何か言うこともなかった。


「それで父も忙しそうにしていたのか。おかげで今回は楽に母が勝てたのだよ」


「……そこまでいくとちょっと可哀想になるね」


「気にするな! 仕事第一の人間なのだから好きにさせておけばいい。──さあ、そんな辛気臭い話はやめて、私たちは楽しもう!」


「そうだね」


 それから俺たちは堂々と街歩きデートへと繰り出した。


 公園を歩き、古本屋で一冊本を買い、路地裏の個人経営のカフェでそれを読む。

 我ながら柄にもないことをしているなと思ったが、目に映る咲良はどれも絵になる様で、俺はただそれを一番近くで見ているだけで満足だった。


「それ、面白いか?」


 咲良はカプチーノを飲み、俺にそう問う。


「どうだろう。詩は難しいね」


「全く……。短いからってそれを選んだだろう。でもそれは私も読んだことがある古い名作だ。今は挿絵入りのものが出ているが、その作者手描きの表紙の初版本が一番だな」


「そうなんだ……」


 草原の陽だまりで空を見上げる小鳥の絵。プロが描いたものではないからこそ味がある……のかもしれない。そう思った。


 ただそれが詩の内容にどう関係あるのかは分からなかった。

 恋人なのか、夫婦なのか、親子なのか。それともただの友達なのか。誰に向けたか分からない言葉。しかしその言葉一つ一つが相手を思いやる温もりに満ちた、温かい言葉であるのは確かだった。


「すみません! このクッキーはどんな味ですか?」


「そちらは蜂蜜を使った甘いものとなっております。アレルギーは大丈夫でしょうか」


「ええ。ではこちらを頂きます」


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 感じのいい大学生くらいの店員が、クッキーが五枚乗ったプレートを運んできた。咲良はそれをもぐもぐと美味しそうに口に放り込む。


「……? 京佑も一つ食べるか?」


「いや大丈夫だよ。ただ、美味しそうに食べるなって」


「クラスメイトがここは美味しいと話していてな。前から気になっていたんだ。本当に美味しいぞ? 遠慮しなくていいのに」


 そういう間にも咲良は一つ、また一つとクッキーを食べていく。

 最後の一枚になり俺に目線を向けたが、俺が首を横に振ると結局全て咲良が食べてしまった。


「ふう……。満足だ。さあ、次に行こうか」


「そうだね」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/14 18:00頃更新予定!

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