第21話 一緒にいる理由(1)
火曜日、俺はいつものように制服に着替え、そしてピアスをつけて登校した。
父さんも運転手も他の組員も普段と何も変わらない様子なのが逆に気味が悪かった。
「おはようございます」
「おはようございます会長!」
「ソックスの丈が短いぞ!」
「す、すみませんッ!」
「おはようございます」
「……ざまーす」
「君、ワイシャツのボタンはキチンと閉めろ!」
「うす……」
「おはようございます」
「おはよう咲良ちゃん!」
「ああ。おはよう」
咲良はいつものように玄関前で挨拶をしていた。
「おはようござい──」
「おはよう朝日奈サン」
「おまッ! ちょっとこっちに来い!」
こんな人混みの中、咲良は俺の腕を掴み校舎裏へと連行する。その様子を見ていた他の生徒たちは「何あれ……」と口々に呟いていた。
「ちょ、ちょっと、朝日奈サン、どうしたの。制服はちゃんと着ているはずだけど?」
「ピアスは一応校則違反──ってのは今はいい! どうして昨日突然休んだ? そして連絡もくれなかったんだ? ……週末のデートで、私何かしたか?」
「違う違う! そんなことじゃないよ! デートは楽しかった。……まあ、昨日はちょっと野暮用があってね。スマホも壊れて連絡出来なかった。心配かけてごめんね」
「その野暮用とやらと、その怪我は関係あるのか」
「怪我……?」
俺は慌ててスマホの内カメラで確認する。
よく見ると頬に若干のアザがあった。クロダたちにやられた分の怪我は大したことなかったが、帰ってきてから父さんに殴られた方は響いていたらしい。
「これは大したことないよ。スマホも修理すれば大丈夫だと思う。ほら、早く戻らないと怪しまれるよ」
「……婚約の件はどうなった?」
「…………」
「学校を休んで、そんな怪我までして。お前がそこまでするのはその件しかないだろ」
彼女に心配を掛けたくなかった。だからこそ隠しておきたかった。
だが、今となってはこれ以上黙っている方が彼女に心配を掛けることになると思った。
「婚約の件は無事に解消となったよ。もう大丈夫だから」
「そうか……。それは良かったな……。ありがとう」
「うん。……じゃあ戻ろうか」
「ああ」
そう言いつつ、咲良は俺の背中に抱きつき俺を引き止める。
「……京佑が他の女の子と結婚しても、京佑が怪我したり居なくなってしまうよりもずっといい。私はそれで大丈夫だからな」
「分かった」
それから俺はまるでさっきまで咲良に怒られていたかのように大袈裟な演技をして学校へ駆け込んだ。
そして昼休み、また俺たちは示し合わせたように旧校舎の屋上へと集まった。
「──なあ京佑、明日もちゃんと来るか?」
「まあ、何事もなければ」
「そうか。それじゃあ、明日こそ私がお前の分の弁当も作ってきてやろう」
「マジ? あ、もしかして昨日……」
「そういうことだ」
それは申し訳ないことをした。今度からなにかする時は必ず事前に咲良へ連絡しようと誓った。
「それじゃあ、明日楽しみにしてるね」
「ああ。期待せず待っていてくれ」
「……それで、今度のデートはいつ行く? 連続でレッスン休むと怪しまれるよね」
「京佑、何か忘れていないか?」
「え?」
咲良の誕生日は十二月だ。俺の誕生日ももう少し先。他の記念日も特に当てはまらないが、もしかしたら付き合って五百日とかの可能性はなくもない。だが明確にこれとは言えない。
「ごめん思い出せない」
「来週、中間テストだぞ」
「ああ……」
そういえば少し前に担任がそんなこと言っていたような気がする。
「我々学生の本分はあくまで勉強だ。ちょっと恋愛に浮かれすぎていないか」
「はは……。自重します……」
五十嵐は俺が真面目だと言っていたが、それは咲良の影響が大きいだろう。間違った道に片足を突っ込んでいる俺が道を踏み外さないのは、常に正しい道の真ん中を歩いている彼女が俺の腕を掴み引っ張ってくれているからだ。
「──ま、まあ、テストが終われば塾の方も少し落ち着くから。そうすれば、……な?」
「ふふ、分かったよ。でも、受験に向けて塾を増やすだとかって話は?」
「それも交渉の末、今回の中間テストの点数を見てから決めることになった。だから勉強も手を抜けないな」
「そっか。良かったね。頑張って」
「お前も頑張るんだよ京佑!」
そう言って咲良は俺を小突く。
そんな忙しい中俺のために弁当を作ってくるというのだから底抜けの優しさだ。
「分かった分かった。ちゃんと進級できるぐらいには勉強するから」
「やるなら一番を目指せ!」
「咲良を超えるのは無理だよ〜」
こうして日常が戻ってきた。当たり前の日常。
それがいつまで続くかは分からない。少なくとも、高校を卒業するまでは、こうしていられると良いなと思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2024/03/13 18:00頃更新予定!
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