第19話 決断(3)

「──さあ、座ってくれ」


 外観も洋風な屋敷だったが、中の応接室も革張りのソファに大理石のテーブルと、龍門寺とは真逆の趣味で調度品が揃えられていた。

 軽い手当を受けた俺はソファに腰を下ろす。


「ウチの若いのが迷惑掛けたね。事前に連絡をくれれば私が出迎えたのだが」


「俺は連絡先を知らなかったので」


「……つまり君のお父さん、龍門寺京太郎にも黙って来たと?」


「はい」


「ふむ……」


 五十嵐は応接室を歩き回り、高そうな絵画を眺めたりゴルフクラブを手に持ったりと忙しなく動きながら俺の話を聞いていた。


「──それで、ここまでしてしたい話とはなんだね。いや、雨音のことだろうな。だが雨音は今学校だ。少し待っていてくれるかな? 三人で話そうじゃないか」


「いえ、雨音さんにも伝えずにお話したいことがあるので」


「…………」


 俺がそう言うとやっと五十嵐は真剣な顔で席に着いた。

 顔の前で手を組みじっとこちらを睨みつける彼の顔は並大抵の人間では逃げ出してしまうだろう。だが俺も仮にもこの世界で生まれ育った人間だ。ここで逃げ出すほどヤワじゃない。


「単刀直入に言います。今度の婚約の話は無かったことにしてください」


「……そうか。まあいい。そっちがそのつもりならウチとしては北海道と手を結び龍門寺を潰すまでだ。それでもいいんだね?」


「それも困ります。ただ俺としては婚姻無しでも龍門寺と五十嵐は手を組める、そう思っているだけです」


「随分と都合のいいこと言ってくれるじゃねえか。そんな道理が通用すると思ってるのか? 大人同士の話し合いで決まっていることを、お前の一存でひっくり返せるはずがないだろ!」


 五十嵐は声色を変え凄む。

 もっともな反応だ。だがこちらも無理を承知で言っている。


「お忘れですか。俺は次期当主です。この借りは忘れません。そちらとしてもなんの損もないはずだ」


「いい加減にしろ!」


 五十嵐はゴルフクラブでテーブルをぶん殴った。へし折れたドライバーと砕けた大理石の破片が目の前を舞う。

 俺はそれがただのブラフであると理解しているので眉ひとつ動かさずに視線を五十嵐へ向ける。


「脅しは通じませんよ。貴方は俺を殴れない。佐賀美組との同盟が成っていない今、龍門寺と敵対する訳にはいかないからだ。まあ五十嵐と佐賀美が組んでもウチには敵いませんがね」


「…………」


「仲良くしましょう五十嵐さん。さあ、席に着いてください」


 その時、二人の男が乱入してきた。

 振り返るとそれはクロダとコウヘイだった。二人は手にまな板とドスを抱えている。


「龍門寺さん! この度は大変申し訳ございませんでした! ケジメ、取らせて頂きます!」


 クロダは土下座し、ドスを抜いてまな板に手を乗せた。コウヘイもそれに続くが、その手は酷く震えていた。


「うぉぉぉぉ!!!」


 意を決してドスを振り下ろす二人。

 俺はそんな二人の腕を掴み、それを止めた。


「──どうですか五十嵐さん! 俺の怪我の詫び、そしてこの二人が失うはずだった指! これをもって俺の話を受けて頂けませんか!」


「……はあ。分かった。それで手打ちにしよう。その条件、飲もう。──クロダ! イケダ! お前ら龍門寺さんに感謝しろ!」


「へ、へい! どうもすんませんでした!」


 二人はドスを仕舞い、逃げるように走り去っていった。


「京佑君。アンタ大したもんだよ。流石は次期当主の器だ」


「どうも」


 五十嵐は太い葉巻に火をつける。


「どうだい、京佑君も一服」


「いえ、未成年なので」


「はは。噂通りの生真面目なんだな。……ますます君が欲しくなったよ」


 五十嵐は大きく真っ白な息を吐き出した後、すぐに葉巻の火を消した。


「残念ですがそれは」


「ああ。分かってる。……ウチの雨音はそんなに嫌かね? 親馬鹿と思われるかもしれないが、娘は器量も良く、かなり可愛い方だと思うんだがね」


「そうですね。ですが結婚はできません。これはあくまで俺の都合です。雨音さんを責めないでやってください。……それと、もうひとつ」


「…………?」


「これは取り引きでもなんでもない、ただの俺からのお願いです。……どうか雨音さんを政略結婚の道具に使うのではなく、彼女に自由な恋愛をさせてあげて欲しい。婚約を破棄した俺が言うのもなんですが、彼女はとてもいい子です。幸せになって欲しい」


「はは! やっと本心が聞けたな! 今日のこの茶番も、取り引きも、全部その為か!」


 伊達に組長をやっている男ではない。遂に俺の目的を見抜かれた。


「分かった。ウチとしては同盟さえ成立すればそれでいい。あの子は自由にさせてあげよう。……後から君がやっぱり雨音が欲しいと言っても断るがな」


「ははは! それで構いません! 雨音さんは俺なんかよりずっと良い人を連れてくるでしょう!」


 こうして本音をぶつけ合った男たちは改めて握手を交わし、その約束を確かなものにした。


「──それで京佑君、今日はウチに泊まっていくかね?」


「いえ、明日からまた学校に行こうと思うので、この後すぐ帰ります」


「はは! 君らしいな。よし、駅まで遅らせよう」


「助かります」


 俺は五十嵐に連れられ、屋敷を出た。

 外では五十嵐組の組員たちが両脇に並び俺たちに頭を下げて花道を作っていた。


「──それじゃあ京佑君、戻ったら君の方からもお父さんにこの件をちゃんと伝えるんだよ」


「ええ。お手数お掛けしますが、そちらからもお願いします」


「ああ。それじゃあ、お大事に」


 やっと肩の荷が降りたと胸を撫で下ろしつつ車に乗り込もうとした、その時のことだった。


「──京佑さん……?」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/11 08:00頃更新予定!

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