第18話 決断(2)

「あ? 何見てんだ兄ちゃん」


「ここは五十嵐組の事務所で合っているか」


「そうだ。知っててその口の利き方とはいい度胸だな」


 俺が門に近づくだけで向こうから絡んできてくれた。


「五十嵐英寿と話がしたい」


「カシラと? お前みたいなガキが簡単に会える訳ねェだろ! 痛い思いしたくなかったらとっとと帰りな!」


「……俺は龍門寺京佑だ。そう言えば分かる」


「は?」


 俺のことが分からなくても「龍門寺」の名前さえ出せばどうにかなると思っていた。それだけ日本で一番の勢力を持つ龍門寺組の名前は通っていたからだ。


「残念だったな兄ちゃん。龍門寺の跡取りは平日ちゃんと学校に通うバカ真面目らしい。だからこんなところにいるはずはない。つまりお前は龍門寺組の名前を騙る偽物なんだよ!」


「は……?」


 この男があまりに突拍子もない独自の推理を披露し始め、俺は思わずそう声を漏らしてしまった。


 面倒事の匂いがしたので俺は慌てて学生証を取り出そうと鞄を漁る。

 しかし男はそんな俺の腕を掴み、屋敷の中へ放り投げた。


「ヤクザの代紋勝手に振り回すのは許されねェ。お前みたいな生意気なガキには暴力による教育が必要だな」


「マズイですよクロダのアニキ! カタギに手を出したら指が飛びますよ!」


「黙れコウヘイ! こんなガキに舐められて傷つく五十嵐の看板を思えば俺の指ぐらいどうでもいい」


 どうやら血気盛んなこのクロダとかいうのは悪い奴ではなさそうだ。だがこのまま話を聞いてくれそうな雰囲気でもなかった。


「普段の俺ならもっと穏便に済ませるんだがな。こっちは覚悟決めて来てんだ。邪魔するなら無理やり行かせてもらうぞ」


「行くぞオラァ!」


 俺は拳を握り締める。人を殴るなどいつぶりだろうか。それなのに身体は構えも次の動きも憶えていた。


「ガバッ──」


 大振りなクロダの拳は俺の頬を掠め、俺の拳はクロダのみぞおちに深く突き刺さった。


「さあ来い。それとも終わりか?」


「舐めやがってこのガキャァ……!」


 今度は俺を逃がさないように大きく両手を広げて襲いかかってくるクロダ。

 しかしこいつと俺では体格がほとんど変わらない。何の威圧にもならないその攻撃はただ無防備に身体を晒しているだけで、俺はありがたく肝臓と肺、そして喉に拳を入れさせてもらった。


「アガ……」


 モロに食らったクロダは呻き声を上げながらその場に崩れた。


「じゃあな。ここは通させてもらうぜ」


 俺がクロダを跨いで進もうとしたその時、俺は後ろの襟を捕まれそのまま投げ飛ばされた。

 何が起きたか分からず空中を一回転して地面に叩きつけられた俺は、なんとか顔を上げるまでそれがコウヘイの攻撃だと気づかなかった。


「よくもアニキを……。指でも何でもくれてやる! だがテメェはここでぶっ殺す!」


「こっちにも威勢がいいのがいるみたいだな……」


 俺はよろめきながらも何とか立ち上がり再び拳を構える。


「ウォォォ!」


 コウヘイもまたクロダのように俺を掴みに掛かってくる。しかしその構えには隙がなく、拳を打ち込む余裕はなかった。


「クソッ!」


 俺はなされるがまま、大外刈りで後ろへ倒される。

 密着しのしかかられた時、潰れた柔道耳からコウヘイがかなりの手練であることが分かった。


 しかしそれに気が付いた時にはもう遅かった。

 ガッチリと固められた俺は首元を圧迫され意識が遠のきつつある。必死に肘打ちや乱れ打ちでコウヘイの顔を殴るも血を流しながら俺を抑える手を緩めることはなかった。


 ここで終わりか。そう思ったその時だった。


「そこまでだッ!」


 何処かで聞いたことのある、よく通る威厳のある声。その声の一喝によりコウヘイは即座に手を緩めた。


「この騒ぎは一体なんだ! ──! 君は……」


「はあ……はあ……。お久しぶりですね組長……。手荒な歓迎感謝しますよ……」


「京佑君……? 何故ここにいるんだ」


 騒ぎを聞きつけた五十嵐英寿は大量の部下を伴い自ら屋敷の門まで出向いたのだった。


「う、嘘だろ……? 本物の龍門寺京佑だったのか……?」


「お前らは戻ってろ! ……立てるかい京佑君」


「ええ……」


 俺は五十嵐英寿の手を借り立ち上がった。

 何度も倒された俺はあちこち擦りむいており、一張羅はすっかり土まみれだった。また秀次に見繕ってもらわねば。


「話は中で聞こう。まずは手当を受けるといい」


 そう促され、やっと俺は屋敷の中へ入ることができたのだった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/10 19:00頃更新予定!

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