第17話 決断(1)

 それから俺たちはまた雑居ビルの裏口から入り、それぞれ時間をずらして帰宅した。

 後から来た彼女の連絡によると、どうやら向こうはバレずにやり過ごせたらしい。俺の方も、流石に十七歳の男が一日出掛けた位では何も言われることも無く、秀次が気を使って話し掛けに来た程度だった。






 次の月曜日。

 俺は咲良から貰ったピアスを着け服装を整えた。しかし今日俺が身にまとっているのは制服ではない。学校ではない、もっと大事なことがある。


「おや、今日はサボりですか?」


 着替えを済ませた頃、翔馬に捕まってしまった。


「ああ。父さんには内緒で頼む」


「分かりましたよ。……それにしても珍しいですね」


 翔馬は訝しげに俺を見る。上の命令が絶対の世界でコイツが父さんに隠し立てすることはないだろう。まあ報告されても別にいいのだが。


「まあちょっと、な。──それでなんだが翔馬、五万ほど融通してくれないか」


「それは構わないですけど、何に使うんで?」


「野暮用だ」


「はあ」


「帰るのも遅くなると思う。もしかしたら明日になるかもしれないが、絶対に帰ってくるから騒ぎは起こすな」


「ああ、成程、そういうことですか……」


 ここまで釘を刺したら逆に怪しまれるかとも思ったが、翔馬は上手いこと勘違いしてくれたらしい。


「風俗ならケチって五万なんかじゃなく十万でも二十万でも使ってください。返さなくていいですから」


「え?」


「俺は全て分かりましたよ坊ちゃん。前、五十嵐組の娘さんが来た時、失敗したらしいですね。それを気にしてプロで練習を……。そういう魂胆ですね?」


「…………」


「成程それなら確かに親父には恥ずかしくて言えない。……安心してください、この秘密は守ります。男と男の約束です」


 とんでもない不名誉を着せられた気がするが、ここではそういうことにしておいた方が都合が良さそうなので黙っている。


「でも行くならウチの組の息が掛かった店がいいですよ。流石に未成年は止められますからね。今日の所は俺が根回ししておくので好きな店に好きなだけ行っちゃってください! 店と嬢の無加工写真を後でスマホに送るのでそれを見てくださいね!」


「……助かる。じゃあそういうことで」


「気にしなくていいですからね! 初めは皆そんなもんです! 自信持って行ってきてください!」


 そう言って翔馬は俺のポケットに札束入りの封筒を押し込み、笑顔で俺を送り出した。






 それから俺はタクシーで駅に向かった。わざわざ隣町の風俗に行くためではない。そもそも風俗なんか行かない。


 行先は宮城。五十嵐組だ。


 駅に着いた俺は窓口で新幹線のチケットを購入する。

 費用削減のために減らされた窓口では数十分も待たされた。こういう時クレジットカードが作れない出自を恨みたくなる。


 多少の不便は被ったものの、何はともあれ無事にチケットを手に入れた。そうして宮城に向けての数時間の旅が始まった。


 平日だというのに新幹線は仕事らしいサラリーマンで混みあっている。

 俺は指定された席に座り、流れる景色に目をやりつつ宮城に着くまでを過ごした。


 授業が始まる時間ぐらいになると、スマホには咲良からのメッセージが届いた。だが俺はそれに既読を付けることも、返信することもしなかった。

 その権利を手にするため、俺は宮城へ向かっているのだ。






 宮城駅に着いた俺は駅前に並んでいるタクシーに乗り込む。


「はい、どちら迄ですか?」


「五十嵐組の事務所は分かりますか」


「は?」


「出来れば本部、それか五十嵐組の組長の家が分かればそっちに」


 ネットで検索すれば週刊誌やら掲示板の情報から場所自体は出てくる。地元ではそこそこ有名な方だろう。

 しかしまさか乗り込んできた客がいきなりそのヤクザの名前を挙げるとは思っていなかった運転手は、酷く混乱して言葉に詰まっていた。


「ご迷惑はお掛けしません。近くに降ろしてもらえれば」


「……お兄さん、迷惑系動画投稿者ってやつか何かですかい? もしそうなら五十嵐組はやめといた方がいい。あそこは火遊びで済むようなヤワな連中じゃないですよ」


「いえ、有名なので少し見てみたいだけです。トラブルにはなりませんよ」


「はあ。変わった観光ですね」


 これ以上関わるとろくな事がないと判断したのか、運転手はそれ以上俺に何か言うこともなく黙って五十嵐組の事務所へ車を走らせた。


 それから十分弱が過ぎた頃、タクシーは大きな屋敷の近くに停車した。

 屋敷の前では黒服の男が数名うろついており、駐車場には黒塗りの高級車が並んでいた。こんなところで実家を彷彿とするノルタルジックな光景に出会うとは、と思いもしたが、それはつまりここがヤクザの関係施設であることを示している。


「どうも。──これ、お釣りは要らないので」


「はいよ、毎度。……気を付けてなお兄さん」


 俺は早々に走り去るタクシーを見送り、屋敷の門へと足を進めた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/09 19:00頃更新予定!

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