第16話 デート(3)

 それから俺たちはウィンドウショッピングを楽しんだ後、休憩がてらカフェに寄った。

 この流れも雨音とのデートとの時に事前に決めていたものだが、もう咲良がそのことを追及することはなかった。


「──改めて考えると、こうしているのも不思議なものだな」


 咲良はコーヒーに口をつけ、しみじみと呟いた。


「そうだね。まるで昔からこうしていたみたいに、妙に落ち着く」


「ライブに行ったあの日と同じように、どうしてもっと早くこうしなかったのか、今更疑問に思うな」


「咲良は優しいから、お父さんを裏切れなかった。でも、少しだけ自分に我儘になっても良かった。そういうことじゃないかな」


「……そうだな」


 俺の言葉を聞いた咲良はとんでもない量のミルクと砂糖をぶち込み、コーヒーをほぼカフェオレに魔改造して飲み始めた。

 メニュー表の前で目が泳ぎ、結局一番上にあったブラックコーヒーを頼んだ時は一松の不安を覚えたが、その不安は的中したらしい。


「ケーキ、頼もうか?」


「いや、大丈夫だ」


「遠慮しなくていいよ。今の咲良は生徒会長でもなく、朝日奈正道の娘でもなく、俺の彼女の咲良なんだから」


「……そうか。ではこのパフェをお願いしていいか?」


「うん。けどこれ結構大きそうだけど大丈夫?」


「その……一緒に、食べないか……?」


 咲良はもじもじとコーヒースプーンを触りながら俯きがちにそう呟く。


「いいね。なんだかカップルらしくて」


「ああ……」


 確かに彼女の見た目は深窓の令嬢のようであろう。しかしその中身は至って平凡な少女、いや、ぬいぐるみを抱えパフェを食べる姿は幼稚園の頃の幼い彼女と何ら変わらない。


 届いたパフェにはご丁寧にスプーンが二つ添えられていた。


「 ──さ、食べようか」


「ああ!」


 胃もたれしそうなぐらい甘ったるいイチゴパフェを咲良は嬉しそうにパクパクと食べていく。

 俺は生来甘いものが得意ではないので上のクリームを一口二口食べ、パフェのほとんどは咲良の胃に収まることとなった。


「まだ食べる?」


「いや、もういい」


「遠慮しなくていいんだよ?」


「流石にこれ以上は太るだろう」


 既に諸々合わせてカロリーは相当なことになっているだろうが、ここで指摘はすまい。


「咲良は細いから、少しぐらい太っても大丈夫だと思うけどね」


「それならもっと健康的に体型を維持するから! ……京佑、お前は無駄に高身長で細身なクセに筋肉質なんだから、横に並んで歩くこっちの身にもなってみろ」


「空手も剣道も辞めて筋肉は落ちたけどねー。これだけ怠惰な生活を送っていれば多少は太りそうなもんだけど」


 体育も適当にやっているし登下校も車となると、むしろ平均的な基準に照らし合わせれば運動不足な方かもしれない。


「羨ましい限りだな。ああ、その筋肉のおかげで代謝が良いのか。昔の自分に感謝することだ」


「そうだね」


 俺は彼女が謎の配慮で一つだけ残した最後のイチゴを口に放り込み、アイスコーヒーでそれを流し込んだ。


「──悪いな京佑、今日もレッスンの終わりには父が迎えに来るのでもうそろそろ戻らなくてはならない。……最後に行きたい店があるんだが、いいか?」


「もちろん」


 最後。そう彼女が口にすることで、甘いこの時間も苦い現実に塗り替えられてしまったような気がした。






 俺はどうしても物事の「終わり」が見えてくるとしんみりしてしまうタイプなのだが、咲良は逆に最後まで全力で楽しみたいタイプらしい。

 彼女は意気揚々と俺の腕を引いて目星をつけていたらしい雑貨屋に入る。


「ああ、そういえばペンケースに収まるぐらいのぬいぐるみは取れなかったもんね。ここで買うなら何かキーホルダーとか?」


「いや、アクセサリーだ」


 俺はその返答を意外に思い、咲良の出で立ちを改めて確認する。

 彼女は基本的にいつもアクセサリーを身に付けていない。生徒会長だから校則に厳しく、という面もあるが、ヘアピンすら使わずヘアゴムも飾り気のないものだ。だがそんな飾らない美しさが完成された彼女には、アクセサリーはむしろ余計なものにも思える。


「京佑、これはどうだ?」


「ピアス……? 流石に生徒会長がピアスはマズイんじゃないかな?」


 咲良が手に取ったのは小さく細めな黒のフープピアスだった。

 それはお世辞にも咲良のイメージに合っているとは言い難く、俺が彼女にプレゼントするとしたら論外な選択肢だ。


 流石にこれは止めようと思っていた矢先、続く彼女の言葉はこれまた予想を裏切った。


「違う京佑、お前にだ」


「俺に?」


「ああ」


「いや俺はピアスとかは──」


「私は見逃してやっているが、あの長い髪を切ったせいで今もピアス穴が見えているぞ」


「あー……」


 教師も龍門寺組跡取りの俺に対して注意などはしてこないから気が付かなかった。


「これは今日のお礼だ」


「気にしなくていいのに」


「奢られてばっかりという訳にもいかないからな。……それに、もし仮に、どうしてもあの女に会わなければいけないということがあれば、これを着けて行け。……それなら一番お前に近いのは私だからな……」


 つまりはこれを自分のように思え、ということか。咲良らしい、控えめな束縛だ。


「分かった。約束する」


「よし! じゃあこれで決まりだな!」


 そう言って咲良はすぐに会計を済ませ、包装用紙に包まれたピアスを渡してくれた。


「ありがと」


「こちらこそ、今日はありがとうな。……さて、帰ろうか!」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/08 07:00頃更新予定!

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