第14話 デート(1)

「で、どこ行こうか」


「その雨音とやらと行った場所に連れて行け。私がその思い出を上書きしてやろう」


「はいはい。じゃあ今日はデパートの方にしようか」


 ワンピースにヒールでは遊園地を回るのは大変だろう。


「分かった。私は行ったことがないので案内してくれ」


「うん。じゃあ行こう」


 俺たちは何となく、手を繋いだまま人混みの中を歩く。

 誰かに見られているような緊張感が走るが、それはこっそり監視を抜け出してきたからか、それとも手を繋いでいるからだろうか。


 実際は、この日曜の賑わいでは位置情報もなしに追手も着いてはこれないだろうし、カップルも無数に行き交う中で特段俺たちが目立っているということもない。

 ……もっとも、モデル顔負けのルックスとスタイルを誇る咲良は街ゆく人の視線を集めていたが。





「──ここか……」


「どこか見てみたい店はある?」


「そうだな……。買い物をしても持って帰れないからな……」


 咲良は普通の女の子──いや雨音の買い物の量が普通かは審議が必要だが──のように買い物を楽しむことも自由にできないのか。いや、そんな悲しいことがあってたまるか。


「ペンケースに仕舞えるくらいの小物なら大丈夫じゃないかな。それに、もし他に欲しいものがあれば俺が預かることもできるよ。だから気にせず好きなの選びな。今回はお詫びってことで俺がお金も出すからさ」


「……そうか。ありがとう。──じゃあ行こう!」


 父さんから定期的に渡されるこの小遣いの出処は知らないし知りたくもない。自分のためには使う気も起きないが、咲良のために使うのは許して欲しい。この笑顔はプライスレスだ。


「……ゲームセンター?」


「ああ! 一度来てみたかったんだ」


 同じデートコースだから仕方ないのだが、こうして横に並んではしゃいでいる彼女の姿を見ていると、どうしても雨音と重なる部分がある。


「クレーンゲームというのは本当に取れるのか?」


「取れる設定のと取れない設定のがあるらしいよ」


「なんだそれは。技術でどうにかするのが面白いんじゃないのか」


「まあまあ。向こうも商売だししょうがないね。それに多少の技術も要るから……」


 俺は適当な機体に三百円を入れてみる。


「おっ、これ割りといけそうだな……」


 三つの爪があるタイプのクレーンゲーム。商品は大きいクマのぬいぐるみ。

 これはいけそうでいけない、もどかしいタイプだろう。


「ほう、結構上手いんだな京佑……」


 その時、咲良がケースの中を覗き込んできた。本人は無意識だろうが、突然ケースに映る咲良の顔と彼女の髪が触れるぐらいの近さに驚いて、俺は変な所でクレーンを止めてしまった。

 勢い余ったクレーンは左右に大きく振れ、少しだけ持ち上がったぬいぐるみはごろんと転がり落ちてしまった。


「──あっ。……咲良もやってみる?」


「どれ、任せてくれ」


 俺は追加で三百円を投入し、操作パネルの前を譲った。


 慣れない手つきで咲良がガチャガチャとレバーをいじる度、クレーンが大きくグワングワンと振り回される。


「こ、これいつまでやればいいんだ……!?」


「クレーンの位置を調整し終わったら、丸いボタンを押したら掴みに降りるよ」


「よしここだ!」


 バチーン! と自信満々にボタンを押す咲良。


「あー、これクレーンの揺れが収まってからの方が良か──」


「おお! 取れたぞ!」


 なんと、クレーンで掴むのではなく振れたクレーンをぶつけて商品を落とすという高等テクニックにより、咲良は見事に一発で手に入れてしまった。


「す、凄いよ咲良……。まさか初めてでこんな取り方をするなんて……」


「ははは! 取れたら嬉しいものだな! 一手前に京佑が落とした場所が良かったのもあるな! ナイスアシストだ!」


「こんな形で初めての共同作業になるとはね……」


「な、何を言っている! 卑猥な言い方はやめろ!」


 そう言って咲良は俺の肩をバシバシ叩く。しかし小脇にクマのぬいぐるみを抱き抱え、喜びに顔を綻ばせる今の様子ではいつもの生徒会長の威厳は何処へやらだ。


「しかしこれは持って帰ることはできないな……。ロッカーにでも飾るか……」


 元から若干メルヘン趣味のある咲良だが、今日のような上品な格好でピアノ教室に赴き、ぬいぐるみが鎮座するロッカーを使っている様子を想像するとそのギャップに思わず笑ってしまう。


「──じゃあ次はペンケースに付けれるような小さいキーホルダーを狙おうか」


「ああ、あの端にならんでいるクレーンゲームだな! 私に任せてくれ! こんな大きいのを手に入れた私には敵無しだ!」


 この時まで、俺もそう思っていた。小さいキーホルダーが大量に山積みになっているタイプのクレーンゲームは当然大きいぬいぐるみよりも難易度は低いものだろうと。

 しかしその甘い見積もりは二千円という地味に手痛い出費とともに打ち砕かれるのだった……。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/06 07:30頃更新予定です!

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