第11話 板挟み(1)

 次の金曜日、とうとう俺は父さんに呼び出された。

 学校から帰ると両脇を組員たちに固められかなり強引に屋敷の母屋へ連れてこられた。


 ……別に呼ばれたら逃げずに出頭するつもりなのだが。俺に逃げ道がないと分かっているのにこういうやり方をするのは、それだけ本気なんだぞという父さんからの意思表示だ。


「──ただいま父さん……」


「座れ」


 父さんはだだっ広い自室の奥に腕を組んで鎮座していた。


 和室で着物を着てしかめっ面の初老の男性というこの構図は、傍から見れば時代劇のワンシーンのようだなと思う。

 小さい頃は奥に掛かった掛け軸とその手前に置かれた日本刀が怖くて仕方なかったものだ。


「で、なんの用?」


「明日、雨音さんが来るそうだ」


「は?」


「今回は一人で来て、ここで一泊して宮城に戻る段取りになっている。今度こそちゃんと親睦を深めろ」


「ち、ちょっと待ってよ! 前も話したように前回散々だったんだよ!? それなのにやり直すために無理やり呼び出すなんて……!」


「勘違いしているな京佑。今回は向こうからの申し出だ。なんでも雨音さんたっての願いらしい。意外とお前の素っ気ない感じが好みだったのかもしれないが、貰ったチャンスは逃すなよ」


「どうして……」


 どうしてだ雨音さん……。あのままご破算の流れじゃなかったのか? どうして君から俺に会いたいなんて言うんだ……?


「直接話したいことがあるとか……。まあ若いお前らの恋模様なんて知らんがな」


「ああそうか……」


 直接俺の父さんに直談判する気だ。「こんな人とは結婚できません!」と一言言いに来るのだ。


 強かな女の子だと思う。このやり方なら最大限俺を悪役に引き立てることができるだろう。

 自分の親に相手の悪い所を言っても逆に自分の至らなさを指摘されるだけだというのは俺が実証した。


 じゃあ何故泊まるんだ? 初日に言ってそのまま直帰すれば良くないか?

 それとも一日一緒に過ごした上で直談判することでより言葉に重みを持たせる作戦か?


 どんなに考えたって自分を納得させられるだけの答えは見つけられないまま土曜日を迎えることになった。







 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「おはようございます京佑さん!」


「ああ……おはよう……」


 雨音は両手に大きな荷物を持って朝一の飛行機でやって来た。

 服装はことごとく前回のデートで購入した、落ち着いた雰囲気のあるワンピースやハンドバッグという出で立ちだった。


「よく来た。さあ上がってくれ」


 今日は仰々しく父さんまで出迎えに玄関まで出てきている。


「いえ、荷物だけ置かせて頂いてすぐに出ようと思ってます。せっかく京佑さんと過ごせるのに時間ももったいないので!」


「そ、そうか……。お前たち、雨音さんの荷物を奥に運んでやれ」


「はい」


 龍門寺京太郎に対し、暗にお前と話す価値はないと言い捨てる雨音の胆力には驚かせられる。


「何処へ行こうか。ごめん、今回は急だったからこっちで準備ができてないんだけど……」


「大丈夫ですよ! 今回は私が色々調べてきました! さあ行きましょ京佑さん!」


「雨音さん、ウチの者に送らせよう。行き先はどこかな?」


「大丈夫です、電車で行くので。──ほら京佑さん早く!」


「あ、ああ……」


 雨音は小さな体で俺の腕をグイグイ引っ張り、彼女の調べたというデートコースへ向かうことになった。






「……今回の目的は何だ」


 雨音の指示に従って着いたのは遊園地だった。


「怖い顔しないでください京佑さん。見ての通り、ただの遊園地デートですよ! ……あ、私アレに乗りたい!」


「…………」


 彼女の顔には確固たる信念が滲んでいた。少なくとも今は彼女に付き合うしかないような気がして、俺は諦めて彼女の計画に従うことにした。




「──京佑さんはジェットコースターとか苦手じゃないですか?」

「乗ったことがないから分からないな」

「じゃあ乗ってみましょう!」




「──京佑さんはお化けとか信じるタイプですか?」

「幽霊なんていないと思うよ」

「じゃあお化け屋敷も平気ですね!」




「──こういうところのご飯って高いですよねー!」

「俺が払うから気にしなくていいよ」

「本当ですか! じゃあ私はこのオムライスにしようかなー!」




 雨音は努めて無邪気に振る舞い、丸一日かけて遊園地を巡った。

 俺も俺でこういう場所は来たことがなかったのでそれなりに楽しみつつも、何度聞いても意図を一切明かさない彼女に対し猜疑心を拭えないままでいた。


「──もう暗くなって来ちゃいましたね……。最後に観覧車、乗りませんか」


「うん、いいけど……」


 狭く薄暗いゴンドラに二人きり。観覧車の動きに合わせて時間の流れまで遅くなったかのような錯覚に陥る。

 しかし、観覧車は必ず決められた時間で一周するように、俺たちのこの時間も終わろうとしていた。


「……京佑さん」


「うん、どうした?」


「京佑さん私──」


 眼下に輝く街を見下ろし、遂に雨音は重たい口を開いた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/03 15:00頃更新予定!

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