第10話 お嫁さん(4)
「そろそろいい時間ですし、もう帰りましょうか」
「そうだね。これだけデートすれば怪しまれないでしょ」
「デート……」
「どうかした?」
「うんん!なんでもないです!──戻ったら上手く言い訳しましょうね」
ちゃっちゃと歩く雨音の小さな後ろ姿を眺めていると、彼女や妻というより妹のように思えた。
「それじゃあ五十嵐さん、またの機会に」
「はい。今日はありがとうございました」
俺たちが屋敷に戻ると龍門寺京太郎と五十嵐英寿の会談も終わりという運びになり、五十嵐組の面々は雨音を連れて帰っていった。
「──京佑、どうだった雨音さんは。見た目も器量も良い娘だっただろう?」
「うん、まあ……。でも何となく合わなかったよ。年齢も離れているし、話が噛み合わないっていうか……」
俺がそう言うと父さんは露骨に機嫌を悪くした。
「将来龍門寺を背負う人間がそんなんでどうする。たかだか二歳の違いで。お前も男なら男らしくリードしなさい。……五十嵐組との関係はお前にかかっているんだぞ」
「…………」
前近代的な古き悪い考え方を押し付けられることには慣れている。今までは黙って従ってきた。だが今回ばかりはそういう訳にはいかない。
「見た目だけどうにかしても駄目だな。やはりお前にはもっと男らしい武道をやらせ続けるべきだった。……そうだ、今度組の仕事を見せてやろう。信念を持って働く男たちの姿を見ればお前も実感が──」
「俺は行かない!」
「……は?」
「向こうが、外面は良かったけど、父さんも話せば分かるよ、あの女の性格の悪さが!あんなのと結婚したい男なんて、どこにいるんだ?って感じ!服装も親のコスプレに付き合わされたような、はっきり言って浮いてたしさ!」
思ってもないことを叫ぶように捻り出した。言葉は詰まり、自分でも何を言っているか分からなかった。
ただ、俺の胸だけが痛んだ。
「父さん、今ならまだ間に合うからもうちょっとマシな女をゆっくり探して──」
「何を言っているんだ京佑!」
「……ッ!」
俺の言葉は父さんの拳によって止められた。
「何かあったか知らんが、自分の至らなさを相手のせいにして罵倒するとは何事だ!まさかお前がそこまで腐っていたとはな!」
「……今日は疲れたからもう寝る」
「待て京佑!」
呼び止めにも応じず、俺は父さんの部屋から逃げ出すように飛び出た。
外では言い争いの声を聞いていた組員たちがオロオロとしていたが、誰も俺を引き止めはしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「髪、切ったんだな。似合っているぞ」
「ああ……うん……ありがと……」
月曜日、咲良と会えることだけを希望に土日を乗り切った。
そのはずなのに、いざ彼女とこうして顔を合わせるとどうしようもない罪悪感が俺を押し潰した。
「どうした京佑。今日は朝から元気がないな」
「大丈夫。ちょっと疲れてるだけだよ」
「そうか。私に出来ることがあったら、一人で悩まず相談してくれよ」
「ありがとう咲良」
咲良は少し頬を赤くしながら俺の手を取ってそう勇気付ける。
だが優しくされればされるほど、膨らむ後悔が茨のように俺の心臓に巻きついていく。
弁当の味もろくに感じられないまま、流れる雲をボーッと眺めているだけの時間がただただ過ぎていった。
その日の夜咲良からLIMEが届いた。
『元気か?』
その一言には大きなうさぎの人形の写真が添えられている。メルヘン趣味のある咲良は大量の人形に囲まれて寝ているらしい。
これも励ましのつもりなのだろう。
『元気だよ』
『そうか。ちなみに我が家で繰り広げられていた自由闘争は母の勝利で終わりそうだ』
『じゃあスマホも戻ってくるね』
『そうだな。助かったよ。……悪いことが続いても悲観することはない。そういうのは時勢の巡りだからな』
『うん。ありがとう』
お互い苦労の耐えない人生だった。それでもこれまでそれなりに楽しんで生きてこれたのは、こうして幼馴染である彼女の支えがあったからだ。
「ごめん咲良。絶対に婚約は破棄させるから」
一人離れの高い天井に俺の言葉が虚しく響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2024/03/02 12:00頃更新予定!
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