第9話 お嫁さん(3)
翔馬の進言「初めてのデートは無難にデパートを!」に従い、俺たちは大型複合施設に来た。
ある程度のプランは仕込まれているが、デパートという選択肢自体が「相手の好みを探って柔軟に店を変える」ためらしいのでその点は俺の腕にかかっている。
しかし本格的なデートなど初めてな俺にとっては相当に難易度の高いものだ。
まさか初めてのちゃんとしたデート相手が咲良ではなく初めて会う婚約者になるとは。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「いえ、京佑さんにお任せします」
「では適当にブラインドショッピングといきましょうか」
組員の監視もある以上、俺は真剣にこのデートを成功させるべく神経を尖らせているが、この少女は意外にも普通にこの状況下で楽しんでいるようだった。
「京佑さん、あちらのアパレルショップが気になります!」
「いいですよ。入りましょうか」
「なんだか緊張します……!」
俺一人では絶対に入らない若い女性向けのテナントに入店する。
俺は見るものもないのでボケっと後ろから雨音の様子を眺めていた。
雨音が俺よりも年下なのは間違いない。
しかし緩いパーマのかかった髪をハーフアップにまとめ、ポシェットを斜め掛けにする彼女はどこか大人びた印象を受ける。所作の節々にも落ち着きを感じ、凛とした規律正しい咲良とは一線を画した別の魅力を放っていた。
例えるなら、咲良は山を脈々と流れる一本の清流で雨音は森の奥深くにある小さな泉のようだ。
「京佑さん、どちらが似合うと思いますか?」
そう言って雨音はピンクの地雷系シャツワンピと、反対にシックなチェック柄のブラウンワンピースを手に取っていた。
今日の彼女の服装を鑑みるに、前者の方が同系統に思える。しかし俺の個人的な好みというか、彼女に本当に似合うと思えるのは後者であった。
「僕もあまりファッションには疎いもので、参考程度に聞いて欲しいのですが、雨音さんにはそちらの方が似合うと思います」
俺は正直にチェックワンピの方を指差した。
翔馬によると女性がこういう質問する時は既に買う方は決まっていて、ただ背中を押して欲しいだけなんだそうだ。
果たして俺の選んだ選択肢は正解だったのだろうか。
そうドキドキして雨音の回答を待っていると、彼女はまた笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。京佑さんがそう言うなら、こちらにしますね」
こ、これは正解だったということか……?
分からないがとにかく俺はチェックワンピを持ってレジの方へ歩き出した彼女を追いかけ会計前に割って入った。
「今日は僕がお支払いしますよ」
「そういう訳には……」
「いえ、客人に、それも女性に払わせる訳にはいきませんから」
「……分かりました、ありがとうございます。これは京佑さんからのプレゼントということで、ありがたく頂きますね」
一種の儀式みたいなものを済ませ、俺は雨音にワンピースを買ってあげた。まあ金の出処は龍門寺組なので俺が威張れることでもないが。
それから雨音の気分の赴くままに色々な店へ足を運んだ。意外にも彼女が一番楽しんでいたのはゲームセンターだった。
そんなこんなで不慣れながらも極めて模範的なデートをこなした俺たちは、最後に休憩がてら半個室のカフェへ立ち寄ることにした。
「……やっと落ち着いて話せますね、京佑さん」
「そうですね。龍門寺組と五十嵐組からの監視もここまでは無理でしょう」
「ここからはお互い本音でお話しませんか?」
「そうしましましょうか」
「京佑さんも言葉を崩していいですよ。私は元からこの喋り方ですが、京佑さんはそうではないようですので」
「……ありがとう。疲れるんだよねこの喋り方」
この時初めて雨音の張り付いたような笑顔がふっと消え去り、大人びた雰囲気の女性が顔を現した。
「雨音さん、まだ何歳か聞いてなかったな」
「今年で十五歳の中学三年。京佑さんは高二でしたよね」
「うん。……こんな歳で結婚とか言われても、実感ないよな」
「そうですね。この時代に顔も知らない相手といきなり結婚の話なんて」
まともな価値観を持った人がこの界隈にいてくれて助かった。
あまりにも父さんのイエスマンが多すぎて、時々俺の方が間違っているんじゃないかと思ってしまう時すらある。
「でも──」
「でも?」
「でも、京佑さんが良い人で助かりました。私も好きでもない人と結婚はしたくないですから」
「え、いやいや、本当に結婚する気?」
「京佑さんならいいですよ。今日一日で京佑さんが素敵な人だって分かりましたから」
「…………!?」
雨音は穏やかに微笑みながら、真剣な目でそう言う。
いや、別に俺も雨音ぐらい可愛い人が結婚相手なら……。しかし俺には咲良が……。でも父さんに反抗する勇気も勝算もないし……。
「なーんて、冗談ですよ京佑さん。何本気で悩んでるんですか!」
「そ、そうだよね! あーびっくりした! ははは……」
「さては京佑さん、彼女がいますね? それもお父様には内緒で」
「ど、どこでその事を!?」
「ズバリ、女の勘です! というのは冗談で、今日一日ずっと見えない壁のようなものを感じてましたから。……それにしても、こんな簡単に口を割って、よく今まで隠し通せて来ましたね」
雨音はクスリと悪戯に笑う。
「でも、残念です。京佑さんに彼女がいたなんて」
「ごめん。別に騙すつもりはなかったし、今日は本気で君に楽しんでもらおうと……」
「冗談ですよ京佑さん、冗談。私たちで何とかして結婚はご破算に持っていきましょう!」
「ありがとう。助かるよ」
繕うように明るい声で「冗談冗談」と繰り返す雨音。彼女の言葉がどこまで本気でどこまでが冗談なのか、俺には分からなかった。
しかし、伏し目がちにコーヒーを啜る彼女のその瞳には、微かな悲しみの色が浮かんでいるような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2024/03/01 12:00頃更新予定!
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