第8話 お嫁さん(2)

 見通しの立たない不明瞭な俺の将来に対し、昨晩思いがけない選択肢が一つ与えられた。


「京佑、お前に見合いの話を取り付けてきた」


 龍門寺京太郎は腹の底に響くような威圧感のある声で俺にそう告げる。

 最近忙しくしており話すこともなかったので気が楽だったのだが、いざ呼び出されたらこれで俺の絶望は計り知れないものだった。


「は?」


「相手は宮城を本拠地に東北に幅を利かせる五十嵐組の娘さんだ。今度の土曜にここで顔合わせの予定だ。くれぐれも失礼のないようにな」


「そんなこと突然言われたって……」


「突然でもなんでもない。これは前々から準備してきたことだ」


 不敵な笑みを浮かべる父さんを前に俺は反論することすらできない。反論したところで無駄だと分かっているからだ。


「お前もその身だしなみをどうにかしろ。長い髪は切れ。服は秀次に見繕ってもらえ。マナーは翔馬に仕込むよう頼んである。しっかりやれよ」


「ちょっと待っ──」


 俺の呼び止めなど意にも介さず父さんは部屋から出ていってしまった。

 そして後ろから名前の上がった二人が入れ替わるように入ってくる。


「……お前たちは知っていたのか」


「すみません坊ちゃん。このことは親父オヤジから口止めされてまして……」

「で、でも! 組長も坊ちゃんのために真剣に考えて選んだ相手なんですよ!」


 今どき政略結婚とは。

 子供を政治の道具に使うような男が真剣に考えたところで、それは子供を思う気持ちではなく組の拡大のためだろう。


「俺はその娘と結婚する気はないぞ」


「まあ、土曜日はただ会ってみるだけですよ坊ちゃん……」

「年齢的にもまだ結婚できる歳じゃないですからね。でも、身だしなみを整えてマナーも身につけるのは後々役に立ちますよ」


「…………」


 断ることはできない。それに、わざわざ遠方から来る女性を会わずに追い返すのもあまりに酷だ。


 これは決して浮気ではない。そう自分に言い聞かせ、俺は大人しく土曜日を迎えることにした。

 この一件を咲良に相談しなかったのは、後ろめたくて話せなかったのではなく龍門寺組の下らないゴタゴタに巻き込みたくなかったからだ。……そういうことにするしかなかった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「──いいですよ坊ちゃん! いい感じに今風なイケメンに仕上がりました!」


「おい、これいいとこホストかチンピラ崩れだろ……」


 目にかからない程度の長さを保ったセンターパート。

「フォーマルでありながらカジュアルさを取り入れたシックなスタイル」という秀次の呪文によって召喚された黒ジャケットに黒シャツという服装。

 某有名ブランドの時計を添えられた鏡に映る俺の姿はまるで自分ではないような変わりようだった。


「向こうの方々がもうすぐ到着するようだ。準備はできているな京佑」


 父さんは龍門寺組の家紋が入った袴を着ている。まるでこれから和婚が始まるかのような雰囲気に俺は今から辟易していた。






 三十分後、家の中から外を眺めていると大量のベンツが屋敷の前にやって来た。


「遥々御足労頂き感謝します。中で組長がお待ちです。ささ、こちらへ……」


 いよいよ始まってしまうのかという実感と共に俺は席に着いた。


「――どうも、龍門寺さん。五十嵐組組長、五十嵐英寿いがらしひでとしです。この度は魅力的な提案を頂きまして……」


 入ってきた五十嵐組の組長とやらは父さんより幾分か若い、柔和な笑顔を浮かべた不気味な男だった。


「そしてこっちが……」


「初めまして皆様。私は五十嵐雨音あまねと申します。京佑さん、不束者ですがよろしくお願いしますね」


 雨音と名乗る少女は咲良とは対象的に可愛さへ振り切ったような少女だった。童顔に父親似の柔らかい笑顔を浮かべ、小柄な身体にはフリルを施した愛らしいピンクのスカートを身に着けている。


「あ……どうも……」


「いや失礼! 息子は少々口下手でして!」


 父さんは俺の後頭部を押さえつけ無理やり頭を下げさせる。そしてとんでもない視線で翔馬を睨んだ。

 俺がちゃんとしないとこのままでは翔馬の指が何本か飛んでしまう。


 俺は襟を正し、とりあえずこの場は笑顔を取り繕って乗り切ることにした。

 そう、俺は今から真面目な好青年だ。


「お初お目にかかります。僕は龍門寺京佑です。本日は遠方よりお越しくださりありがとうございます五十嵐さん」


「ご丁寧にありがとうございます。どうか畏まらず、気軽に雨音とお呼びください」


「分かりました。これからよろしくお願いします、雨音さん」


 満面の笑みを浮かべる雨音はその辺のアイドルにも引けを取らない天真爛漫な可愛さを見せる。

 最悪この人となら結婚してもいいかも、などという咲良にも雨音にも失礼な考えが頭に浮かび胸がチクリと痛んだ。


「いやはや、二人とも美男美女でお似合いですな!」


「そうですね! ……さて、聞いたところによると雨音さんは東京の街にかねてより興味があったとか。ここは将来の夫婦でもある若いお二人さん水入らずでデートなどどうでしょうか」


「それはいい提案です。雨音も喜びます」


「では京佑、雨音さんを案内してあげなさい」


「はい。……行きましょう、雨音さん」


「はい。よろしくお願いしますね」


 事前に打ち合わせされた白々しい演技だ。これから両組長は子供には聞かせられないような権謀術数が話し合われるのだろう。


 俺は雨音の手を引き、運転手付きの車で秀次と翔馬が考えたデートコースへ向かった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/02/28 07:30頃更新予定!

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