第7話 お嫁さん(1)
俺と咲良を取り巻く状況が好転することはなかったが、それでも学生の本分として変わらず学校生活は続いていく。
「もうすぐ中間テストです。二年からのテストは今後の進路を考える基準になるので真剣に取り組みましょう」
教師の宣告に生徒たちの間で微かな悲鳴が漏れた。
これから勉強勉強、進路進路と言われ続ける日々が待っていることに絶望しているのだ。時の流れとは無情なものである。
「──京佑は定期テストの勉強をしているか」
「まあ、ぼちぼちかな」
「京佑が考えていることは分かっているぞ。いつも狙ったように赤点ギリギリを取って……。逆に難しいだろ」
「そうかな」
最近も特に勉強はしていないが、まあいけるだろという気持ちで生きている。
「京佑は進路のことはちゃんと考えているのか」
「やめてよ咲良、そんな話したくないな」
俺は咲良の頬に手を伸ばす。彼女は目を丸くして一瞬たじろぎ、触れた手のひらから伝わる体温が急上昇するのが分かった。
しかしそんな誤魔化しにも屈せず、彼女は俺の手を引っペがして逃げられないよう両手でがっちり押さえつけた。
「私は真剣に聞いているぞ。京佑、進路について考えているか」
「まだ何にも」
「……組を継ぐのか」
「まさか! それだけは絶対にないよ」
俺は一人っ子だから父さんは絶対俺に組を継がせたいだろう。実際、「将来はお前が龍門寺組を背負う〜〜」と耳にタコができるぐらい言い聞かせられたものだ。それも成績が下がり空手やらを辞めた最近になっては効かなくなったが。
中学生までは言いつけ通りキッチリ勉強して来たおかげで、かなりの進学校である咲良と同じここ龍桜高等学校に入学できたので、その点に関しては結果的に父さんに感謝している。
「じゃあ少しでもそういう環境から離れるために勉強は必要だぞ」
「……そうだね」
咲良の言いたいことはよく分かる。だがそうは言っても、将来に希望も持てないと目の前のことにすらやる気は出ない。
「咲良は進路決まってるの?」
「そうだな。第一志望がT大で、第二志望がK大だ。滑り止めでS・Kの二校も受けるがな」
咲良の口から飛び出す大学名はどれも名門中の名門だった。しかしそれは彼女にとって現実的な進路先であり、余裕で第一志望のT大に入れるだろうという謎の安心感すらあった。
「凄いね。その後は官僚とか? それとも政治家? 弁護士?」
「そこまではまだ明確に決まってはいない」
彼女が進路を決めかねているのは、俺とは違って膨大な選択肢があるからだ。彼女の類まれなる才能と努力を持ってすればなんにだってなれてしまう。
「そっか。……でも、幼稚園か小学校ぐらいの時、将来の夢で何か言ってなかったっけ」
「──! 京佑、まさか卒園アルバムに書いた私の将来の夢を覚えているのか……!?」
「うーん……覚えてないなあ……。多分アルバムは取ってあるから探せば分か──」
「探さなくていい!」
「え? あ、うん、分かったよ」
その年齢の女の子が書く将来の夢といえば大方お花屋さんとかケーキ屋さんのような可愛らしいものだろう。別に恥ずかしがることはないのに。
いずれにしろ、これから俺と咲良の進路が全く別々のものになってしまうことは確かだ。
そうなってしまえば、今はこうして学校で会えているが将来的には直接会って話すことも難しくなってしまうのだろう。逆にヤクザ者を身内に抱える俺の存在が彼女の将来を妨げる要因になってしまう可能性すら存在している。
俺は屋上から街ゆく人々の流れを眺め、自分の居場所はどこにあるのかと探していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2024/02/27 07:30頃更新予定!
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