第6話 好きなことをしているだけ(3)

「どうにかして、方法を考えよう。もっとお父さんが厳しくなったり、もしこの関係がバレたりしたらこの先咲良と一緒にいることはできなくなる。どうにか、バレないように出掛ける方法を考えよう」


「ああ……。すまないな京佑……。私のために……」


「それは違うよ咲良。俺も咲良と遊びに出掛けたいよ。世間で言うデートってやつをやってみたいんだよ」


「デート、か……」


 いつか胸を張って二人で街中を歩ける日は来るのだろうか。

 俺は胸元に顔を埋める咲良に聞こえてしまわないか心配になりながら、心の中でそう思った。


「まあその事はお互い事情があるし、ゆっくり考えよう。それより、咲良が全然LIMEを返してくれないからずっと心配だったんだよ」


「すまない。スマホを父に取り上げられてな……」


「そうだったんだ……。それは不便に──って、俺かなりLIME送っちゃったけど大丈夫かな!? スタ爆しちゃったよ!?」


「その点は問題ない。万が一に備えて普段からLIMEを送った後は京佑のアカウントをブロックしてトークも削除しているからな」


「それはどうもご丁寧に……」


 流石は警察庁長官の娘といったところか。

 彼女の父親が本気を出せば調べられるかもしれないが、実の娘にそこまではやらないだろう……と信じたい。


「京佑には苦労かけるな」


「いやいや、元はといえば俺の父さんの職業が全ての元凶だから……」


「だがそれは京佑には関係ない。そんな偏見を抱く世間の方が悪い。京佑は京佑だ。お前が後ろめたく思う必要はない。京佑がどんなやつかよく知っている私が言うのだから間違いない」


「ありがとう咲良」


 彼女は頼りになる生徒会長の顔をしていた。

 この強さに、昔から何度も救われてきた。今度は俺が何か彼女の助けになれればいいのだが……。


「悲観することはない。今までのようにこうして話せれば、私はそれでも十分幸せだ」


 そう言って咲良は俺の手に両手を重ねる。彼女の柔らかい温もりが俺の心まで包み込むようだった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 それから一週間、俺たちは変わらず旧校舎の屋上で短いながらも充実した時間を過ごした。


 俺にとって憂鬱だったのは週末の二日間だった。今までは咲良とLIMEをしていたが、スマホを取り上げられた今それは叶わない。

 そう思っていた。


「……ん? 誰からだ……?」


 屋敷の中で一番静かな離れで昼寝に耽っていた俺はスマホの通知音で目を覚ました。

 咲良以外にやり取りをする人物はいない。


 まさかと思いロックを解除すると、咲良からメッセージが届いていた。


『寝ていたか京佑』

『うん。てかどうやってこれ送ってるの?』

『パソコンからでもログインできることに気がついたんだ』

『なるほど』

『通話はできないし、外では使えないが連絡を取れて良かった』

『そうだね。でもバレないようにね笑』

『ああ笑』


 それから咲良が塾に行くまでの僅かな時間、俺たちはずっとこうしてやり取りしていた。

 文字に起こせば原稿用紙二枚にも満たないものだったが、それでも俺たちにとってはかけがえのないものだった。





 その日の夜、屋敷では敵対組織との連中がどうだとか騒いでいるせいで俺はいつまで経っても寝つけず、日付けが変わってからもしばらく庭の池に映る月を眺めていた。

 鯉が通る度に揺らめく水面に輝く月光は時に眩しく、時に儚く表情を変えた。


「銃を持ってこい」だの「向こうの売人を捕まえろ」だの話がどんどん不穏になっていくにつれ、俺の溜め息も増えていく。


 俺は何となく咲良に『なんか眠れないな』と送ってみた。

 別に返信を期待していた訳でもない。規則正しい生活を送る彼女はもう寝ている可能性が高い。


 しかし程なくして画面が点灯する。


『奇遇だな、私も寝付けなかったところだ』

『そうなんだ。珍しいねこんな時間まで。……なんかあった?』

『……ああ。両親が私のことで喧嘩していてな。母は自由派で父は保守派だ。月曜日に私がスマホを手にしていたら母の勝利だと思ってくれ』

『分かった笑』


 冗談めかしているが、彼女も辛い状況にあることはよく分かった。


『京佑の方はどうしたんだ?』

『あー、まあ、似たような感じだけど……』

『?』

『警察の方にはちょっとお話できないワードが飛び交っております……』

「なるほど。そちらも気苦労は絶えないな」


 見えないはずの画面の向こう側に、彼女の優しい笑顔が浮かんでいるように感じた。


『咲良、空は見える?』

『ああ。私の部屋は二階だからな』

『今日は星が綺麗だね』

『……そこは月が綺麗だと言って欲しかったな』

『うーん、ちょっと雲がかかっているからな』

『朧月は春の魅力のひとつだよ』

『そうなんだ』


 咲良は意外にもロマンチストだ。知識がある分、世界の見える解像度も高いのだろう。


 それから俺たちは咲良が眠るまで他愛もない無数の言葉を交わし、一時の慰めの夜を過ごした。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/02/26 07:00頃更新予定!

ブックマークしてお待ちください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る