第5話 好きなことをしているだけ(2)
「──ありがとうございましたァ!」
もっと聞きたい。そう思えるようなライブだった。
そしてこの三年を押しのけてトリを飾る流星たちのバンドへの期待度は鰻登りだ。
その一方で、一向に音沙汰のない咲良に対する不安ばかりが募る。
「……えー、前置きとか苦手なんで、もう始めちゃいますわ。一曲目、シャイト──」
流星らしいMCもそこそこに、すぐ二年のライブが始まった。
「凄い……」
その言葉が勝手に漏れた。
全体的な完成度で比べれば三年生のそれには僅かに及ばない。しかし、むしろその荒削りな部分が直接訴えかけてくるような気がした。
曲も、俺が聞いたことのない邦ロックだからか、やけに歌詞が頭に入り込んでくる。
流星の演奏と歌声は妙な説得力を持って俺の心を打った。
「──ありがとう!」
「わァァァ!!!」
客席からの歓声も、先程より遥かに大きかった。ここにいた他の人も同じ気持ちだったのだろう。
単純な演奏技術では比べられない、きっとCDで後から聞いても伝わらない、その場にいた人たちだけが分かる言葉にできない魅力が流星たちにはあった。
「じゃあ続けて二曲目──」
観客の興奮も冷めやらぬうちに流星は次の曲を始める。
この調子だときっと今日のライブはあと十分もせずに終わってしまうだろう。
一体咲良は何をしているのか。そんな焦燥感を抱きつつ、どうしようもない無力感と共に流星たちの演奏を見ていた。
と、その時、ライブハウスに響き渡る爆音の中に、微かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「すまない……申し訳ない……私を前に……」
「咲良!」
思わず彼女の名前を叫んでしまった。慌てて口を抑えたが、たまたまサビに入ったタイミングだったため音は掻き消され他の人には聞こえていないようだった。
「どうしたの咲良? 何かあった?」
「ああ、ちょっとな……」
そう言う彼女の目の周りが赤く腫れているのが分かった。
「夜遅くにそんな治安の悪い場所に行くなど許さないと父が激怒してな……。引き止められたが、私は飛び出して来てしまったよ……」
「そんなことが……」
最初に誘った時、彼女が乗り気でなかったのもこの事態を恐れてのことだろう。そしてそれは現実になってしまった。
「ごめん咲良。俺のせいで……」
「気にするな。私は大丈夫だ。それより──」
「ありがとう! それじゃあ今日最後の曲、バンプの『天体観測』!」
何度も繰り返し聞いた名曲のフレーズが始まる。
今日聞いた曲の中で唯一俺が産まれる前の曲なのに、この曲が一番俺の今の感情を歌っているように思った。
「京佑! 凄いな! ライブってのは!」
俺の心配とは裏腹に、咲良は人目を気にせずに全力で楽しんでいた。
「そうだね」
「今は! 今だけは! このライブを楽しもう!」
「ああ!」
「──ありがとう!」
曲が終わり一瞬の沈黙の後、ライブハウスは歓声に包まれた。
「……すまない京佑、私はもう」
咲良は歓声も収まらないうちにそう俺に耳打ちし、そそくさと去っていった。
「流星! 良かったぞ!」
「おう! また来い京佑!」
俺はステージ上の流星にそう言い残し咲良を追いかける。
「あ──」
俺はこんな場所に似つかわしくない高級車を見つけ、慌てて路地裏の方へ隠れる。
バレないよう慎重に様子を伺うと、記者会見やらのテレビで見たことのあるインテリ眼鏡が何か怒鳴り散らしていた。あれは咲良の父親、
咲良は朝日奈正道に腕を掴まれ、無理やり車の後部座席に乗せられる。
俺はどうすることも出来ず、彼女がそのまま連れ帰られる様子を陰から見送ることしかできなかった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土曜日も日曜日もLIMEに返信はなかった。
月曜日、いつも玄関前で挨拶しているはずの彼女の姿はそこになかった。
ドキドキしながら教室に入るが、やはり咲良はいない。
今日は休みなのかなと窓から外を眺めていると、登校時間ギリギリに朝日奈正道の車が学校前に泊まり、後部座席から咲良が降りてきた。
チャイムと同時に教室へ入ってくる咲良。
俺は話し掛けようと席を立ったが、それよりも先に担任の教師がやってきて俺は声をかけ損ねた。
「朝日奈サ──」
朝の会が終わった後、今度こそ話し掛けたが彼女は前に喧嘩した時のように無視して通り過ぎてしまう。
また放課後待たないといけないな、と思いつつ旧校舎の屋上で一人弁当を食べていると、錆びた扉がギィィ……と不快な音を立てて開いた。
「咲良!」
「京佑……」
彼女の顔は曇り、いつものような凛とした華やかさは消え失せていた。
「あの後な……父に叱られてしまったよ……」
人前では絶対に見せない弱った姿。咲良はグズりながら俺に身体を預け、土曜日にあったことをポツリポツリと話してくれた。
「──もうああやって遊びに出掛けるのは無理かもしれない……。今後は父が学校も塾も送り迎えをするらしい。父は仕事も忙しいのに迷惑を……」
この期に及んで彼女は自分ではなく人の心配をしていた。
「そうか。分かったよ。今度からこういうのはやめよう」
「そんな! 私は! 私だって! 本当はああやって京佑と遊びたいんだ!」
「よしよし……」
なんの力もない今の俺には、泣きじゃくる彼女をただ抱き締めることしかできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
お読み頂きありがとうございます!
次話2024/02/25 20:00頃更新予定!
ブックマークしてお待ちください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます