第4話 好きなことをしているだけ(1)

「よお龍門寺」


「どうしたのかな棟方クン」


 学校では基本的に腫れ物扱いの俺だが中には気にせず話しかけてくる変わり者もいる。

 その一人が棟方流星むなかたりゅうせいだった。


「龍門寺はいつもどんな音楽を聴いているんや?」


「音楽? まあバンプとかかな?」


「やっぱりそうなんか。スマホの画面が見えた時、見覚えのあるジャケットの画像が見えてな。……今度軽音部でバンプやるから、良かったら見に来てくれや」


「おう。気が向いたら行くよ」


 流星は手作りのチラシを置いて去っていった。







「朝、仲良さそうに話していたな」


 頬を膨らます咲良。別にお弁当を頬張って膨らんでいるのではない。

 屋上の日差しに輝く彼女の大きな瞳は少し潤んでいるように見えた。


「どうしたの咲良、ついに男にまで嫉妬しちゃった?」


「そうではない! ……ただ、何を話していたのか気になっただけだ……」


 人前で気軽に話しかけられないもどかしさは俺も良く分かっていた。


「話してたのはね……これだよ」


 俺は鞄から例のチラシを取り出し咲良に渡した。


「なんだこれは」


「彼の入っている軽音部のライブだってさ」


「ふうん……。京佑は行くのか?」


「まあ、せっかく誘ってくれたのに断るのもね。仲良くしてくれる人も貴重だし、こういうのは大切にしたいからね」


「そうか……」


 咲良はまじまじとチラシを眺める。


「軽音部には女子もいるんだな……」


「咲良が嫌なら断ってもいいよ」


「その必要はない! ……京佑の苦労は知っているし、私も変な心配はしていない」


 彼女は真剣な目で俺の手を取りそう言った。

 本当は気にしているくせに強がるところも可愛い。


「……! いいこと思いついた。咲良も行こうよ、ライブ」


「わ、私がライブにだと……? そういう所には行ったことがない……」


 確かに咲良はバンドのライブよりクラシックのコンサートの方が似合いそうだ。


「それに、人前で一緒にいるところを見られるのは……」


「大丈夫だよ。クラスメイトのライブを見に行ったら、たまたま別のクラスメイトもいた。ただそれだけの事でしょ? それにライブハウスの中は暗いし、皆ステージに注目してるから誰も気づかないんじゃないかな」


「ううむ……」


「俺は咲良が忙しくなる前に色々やってみたいな」


「そうか……」


 俺がそこまで言うと彼女も意を決したように柔らかく微笑んだ。


「分かった、行ってみよう。それじゃあ土曜日の夜、私は開場時刻の三十分後に行くから、京佑は時間をずらして先に行っていてくれ」


「うん。そうするね」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「おっ、龍門寺! 来てくれたんやな」


 開場時刻丁度のライブハウスでは既に軽音部の面々が準備をしていた。

 流星は肩からエレキギターを引っ提げ、歯を見せて笑う。


「棟方クンはギターボーカル?」


「そうや。俺たちのバンドは今日トリを任せられてるんやで。最近キてる曲を二曲やって、最後にバンプやるから、最後まで見てってな」


「ああ、もちろん」


 普段は長い前髪で目も見えない流星だが、今日はオールバックにして目を輝かせている。

 何かに全力で打ち込んでいる姿は美しい。


 彼の後ろにいる三人のメンバーもまた音合わせに夢中でこちらの様子など気にしていない。

 俺も流星たちのように、一緒に好きなことをできる仲間がいれば、実家のいざこざなど関係なしに堂々とした人間関係を築けたのだろうか。






 開場時刻三十分後、ライブハウスの照明が落とされ、一組目のライブが始まった。


「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます! 僕たち一年にとっては初めてのライブで緊張してますが、頑張りますので応援よろしくお願いします! ……それでは聞いてください! 一曲目、マカロニ──」


 俺は流行りの曲は詳しくないのだが、それでもどこかで聞いたことのあるような曲だ。


 ライブのクオリティとして見てみればそれは酷いもので、ドラムのペースも狂うしギターのピッチも不意に外れる。しかし客も皆知り合いであるため、それすら微笑ましく演奏を鑑賞していた。


 だが正直に言って、俺はそこまで彼らのライブには興味がなかった。


 むしろ約束の時間が過ぎても一向に来る気配のない咲良のことが気掛かりだ。

 彼女が遅刻などすることはないし、事情があって来られくなったにしても何かしら連絡を入れてくれるはずだ。

 不審に思い俺はスマホを確認するが咲良からのメッセージは届いていない。


「──ありがとうございました! 次の曲は……」






 やがて一年のライブが終わった。それでも未だ咲良の姿はない。


 続けて今度は三年のバンドが出てくる。

 流星たちは舞台袖でスタンバイしており、俺は一人後ろの方で腕を組みながら彼らのライブを見ていた。


 三年にも知り合いのいない俺はそこまで集中して見てやろうというつもりはなかった。

 しかし演奏が始まった瞬間、腹の底に響くような重低音と圧倒的な歌唱力に俺は自然と身体が惹き付けられた。


「すみません……」


 人波を掻き分け最前列まで出る。

 一年のそれとは比べ物にならない演奏技術に、俺は他のことを全て忘れる程に熱中していた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/02/25 12:00頃更新予定!

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