第3話 正反対の二人(3)

 久々にここまで咲良を怒らせてしまった。

 彼女は確かにちょっと気は強いが中身は箱入り娘の乙女そのものだ。扱いが難しい所があるが、ギャップのある彼女の魅力でもある。


 こういう時、時間が解決するだなんて甘い考えをしてはならない。

 俺は運転手に迎えの車を断るメールを送り校門で咲良が通りかかるのを待った。





 ……待った。





 …………待っているのに全然来ない。


 気がつけば帰宅部の生徒は全員帰り、残っているのは部活動をやっている生徒たちのみ。咲良は習い事をしているので部活には入っていないはずなのに。

 それでも俺は彼女を待ち続けた。





 やがて日が暮れ始めた。

 夕焼けに照らされた街がセピア色に染められていく。満開の桜は暖色を強め真っ赤に燃えているように見えた。


 その時、聞き覚えのある規則正しい高らかな足音が聞こえてくる。


「──き、京佑……?」


「あ、咲良やっと来たー」


「ゴホン! ……龍門寺京佑クン、こんなところでどうしたんだ」


「別にー。迎えの車を待っていただけだよ」


「そうか。じゃあ気をつけて帰れ」


 そう言って咲良はそのまま帰ろうとする。


「──待って!」


「な、なんだ……?」


「ごめん勘違い。今日迎え来られないんだった」


「……はぁ。こっちに来い」


 咲良は俺の腕を掴み、目立つ校門の前から体育館裏に場所を変えた。





「ずっと待っていたのか」


「そうだね。今日何かあったの?」


「生徒会だ」


「ああ……」


 今日集まりがあるのは知らなかった。


「いつもこんな遅くまでお疲れ様」


「京佑こそ三時間以上立ちっぱなしで待っていたなんて……」


 咲良は申し訳なさそうに視線を落とした。謝るならこのタイミングしかない。


「咲良、ごめんね。昼のこと」


「……いや……こちらこそ……無視してすまなかった……」


 ぺこりと頭を下げる咲良。俺はそんな彼女を思わず抱き締めてしまった。


「な、なんだ! やめろ!」


「やめないよー」


「神聖な学校でなんてことするんだ! 早く離せ!」


 そう言って咲良はポコポコと俺の肩を叩く。だがそこに力は籠っておらず、言葉とは裏腹に彼女から離れようとはしなかった。

 むしろ少しすると彼女の細い腕が俺の腰に回されるのが分かった。


 しばらくそうした後、そっと離れる時には彼女の方が名残惜しそうに俺の手の甲に手を重ねていていた。


「その……京佑は……私と……その……」


「ん?」


「わ、私とキスがしたかったのかッ!?」


「いやあれはそういう訳じゃ……」


「し、したくないのか!?」


「したいけど……」


「したいのかッ!」


 茜さす夕陽の元、咲良は淡い桃色に頬を染める。

 そしてもじもじ胸の前で両手を動かし「でもでも……」としばらく悩んだ後、無言で目を瞑り顔を上げた。


「え?」


「その……お詫びに……」


「ん?」


「言わせるなぁ……!」


 なんと愛おしい生き物なのだろう。普段は不純異性交遊など許さない生徒会長である彼女が、俺の前では人目のつかない体育館裏で唇を差し出そうとしているのだ。

 今も彼女は目を瞑ったまま、薄く柔らかで端正な唇を俺からのキスを待っている。


 今すぐキスをして抱き締めたかった。

 だが今そのワンステップを勢いのまま消費してしまうのは勿体ない気がしてきた。どうせならもっとロマンチックな場所で、不意に彼女の唇を奪ってやりたかった。


「咲良……」


「あ……。ん……」


 俺はまるでそのままキスをするかのように彼女と顎を持ち顔を近付ける。

 そして唇と唇が重なろうとしたその瞬間、俺はグイっと彼女の顔を逸らして彼女の頬にキスをした。


「──なッ!」


「はは……」


「な、何故だ!」


「だって、神聖な学校でそんなことダメでしょ?」


「だったら頬でもダメだ!」


 咲良はぷいっとそっぽを向いてボスンと俺の腹に拳を叩きつけた。今度は少し強かった。


 だが彼女はすぐに俺の胸に飛び込み頭を投げ出してきた。


「よしよし……」


「もう……! いっつもそうやって……!」


 文句は言うが、咲良の顔はどこか満足気だった。






「すまない、もう行かなくては」


「この後もまだ何かあるの?」


「ああ。一度帰って夕食を食べたらすぐに塾だ」


「ふーん。咲良がこれ以上勉強したら大変なことになるね」


「来年は受験だ。本腰を入れていかなければならない。この前うっかり数学で99点を取った時は父に叱責されたものだ」


 咲良なら学年一どころか、来年の分まで勉強して学校一でも取れるだろう。


「そっか。頑張ってね」


「ああ。ありがとう。──それじゃあ私は先に行くから、京佑は後から出るんだぞ」


「はーい。じゃあね咲良、また明日」


「ん……。また明日……」


 咲良は軽やかな足取りで帰っていった。


 俺は彼女の背筋正しい後ろ姿を見送ってから時間を置き、徒歩で帰路に就いた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/02/24 15:00頃更新予定!

ここまでの感想、今のところの評価をお気軽に是非お願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る