第2話 正反対の二人(2)

 朝は宿題を写させてと言ったが、別に問題が解けない訳ではない。むしろ、追試とかになったら面倒なのでそれなりの点数が取れるようにどれもある程度勉強している。


 ただ俺の父さんはそれが気に食わないらしい。「やるなら一番になれ!」が龍門寺京太郎の口癖だ。


 実際、父さんはその身一つで龍門寺組をここまで大きくした実力者だし、その点に関しては尊敬している。

 だが年々厳しくなる法律の中、極道の生き方にこだわる姿はどうしても理解できなかった。


「もっと自由に、楽に生きた方が楽しいのに。」


 そんな環境で育った俺はこれをモットーに生きることに決めた。


 昔は勉強もかなり無理やりやらされたが、どうせ身内にヤクザがいては立派な職業になど就けないし無駄だ。

 剣道や空手も習ったがある程度まで実力を身に付けてからは、いつかこの力をただの暴力として使う日が来るのか、と考えるようになり続けることはできなかった。





「──やはりここに居たか龍門寺京佑」


 旧校舎の屋上にある古びたベンチに腰掛けそんなことを考えていると咲良がやって来た。

 彼女は風になびく長い髪を鬱陶しそうに細い手でかきあげている。


「昼はいつもここだよ朝日奈サン。そしてここには他に誰もいないよ? ……咲良」


「──ッ! 万が一のことがあるだろう!」


 そう反論しつつも彼女は俺の隣に座った。


 旧校舎の屋上は俺たちにとって唯一のプライベートな空間だった。


 今は主に部活や委員会の部屋として使われている旧校舎。その屋上は危険なため封鎖されているはずなのだが、鍵が錆びて壊れているのをたまたま見つけた。

 それ以来俺は暇を見つけてはこの場所に赴き、咲良も俺の後を追うようにここに来るようになったのだった。


「……春風が気持ちいいな」


「そうだね。上から桜を眺めながらご飯を食べるなんて、ちょっと贅沢だ」


「京佑の弁当はいつも豪華だな」


「父さんたちの世界は舐められないことが最重要だからね。見た目は誰よりも気にしているよ」


 家というか屋敷には専属の料理人がいて、俺の弁当もその人が作ってくれている。

 父さんは料理なんてしないし、母さんはスナックで出すツマミぐらいしか作れない。そもそも二人とも組員に酒を注ぐくらいのことしかしないので本当はどれだけ料理ができるのかも知らない。


 だからこそ、咲良のような理想的な家族像は俺にとっての憧れだった。


「咲良のお弁当は小さいけど、色とりどりで可愛いね」


「ああ。仕事もあるのに、母は家事にも手を抜かないからな。私の尊敬する女性だ」


 そう言って咲良は中学の時から使っている弁当箱を大事そうに両手で撫でる。


「はい咲良」


「……なんだ」


「多いからあげるよ」


 俺は咲良の口元まで厚焼き玉子を持ち上げた。


「んんんんん……!」


 彼女は顔を真っ赤にしながらじたばたした後、意を決したかのように一口でそれを食べた。


「……美味しい」


「そう。良かった。うちの料理人にも美味しかったって伝えとくよ」


「――ん」


「うん?」


「ん!」


 今度は彼女の方からタコさんウインナーを差し出された。

 しかしここで黙って貰ってしまうのは少し勿体ない気がしたので少しからかうことにした。


「なーに咲良? ちゃんと言ってくれないと分からないよ?」


「お礼にこれをあげようと言っているんだ!」


「えー。お返しならさ、俺はあーんしてあげたんだから咲良もあーんしてよ」


「なッ! そ、それはッ……!」


 タコさんウインナーを摘む彼女の手が震えているのが分かった。

 流石にやってくれないか、と思っていた。だがその時──


「ほら」


「え?」


「そ、その……あーーーん……」


「あむ。……美味しいよ」


「そうか。それは良かったな……」


 彼女は絶対やらないと思っていた。いつものように流すかちょっと怒ってくると思っていた。

 しかし彼女らしくない大胆なその行動に、むしろ俺の方が耳を熱くするような恥ずかしさに襲われた。


 それから俺たちはどこか気まずくなり、どちらからともなく顔を背けた。


「早く食べないと昼休み中に食べきれないぞ!」


 咲良はこの空気感を誤魔化すようにわざと大きな声でそう呟いて大口でご飯をかき込もうとする。


「あ、間接キス」


「なッ!? ――が、ゴホゴホ!」


「ああああ、ごめんごめん。ほら水」


「ん……。はあ……」


 今の俺の発言は彼女をからかってやろうというつもりはなかった。ついポロリとこぼれてしまった言葉だった。

 しかしタイミング悪く彼女は盛大にむせてしまった。


「不純だ! 不潔だ! 失望したぞ京佑! それが狙いだったとは!」


 咲良は勢いよく立ち上がりハンカチで口元を拭う。


「違うよ。本当に、それは違う」


「信じられん! これで失礼する!」


 俺の謝罪も虚しく彼女は食べかけの弁当を閉まって屋上を後にしてしまった。


「これは本気で怒らせちゃったな……」





 俺はすぐLIMEで謝罪のメッセージを送ったが未読無視だった。

 その後教室に戻ってからも視線を合わせてくれることはなく、こっそり廊下で話しかけても無視されるだけだった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/02/24 09:00頃更新予定!

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