女帝と恐れられる僕の彼女が本当は可愛いことをクラスの皆は知らない

駄作ハル

第1話 正反対の二人(1)

「行ってらっしゃい、坊ちゃん」


「はーい。送ってくれてありがとね。迎えは五時間目終わった辺りに頼むよ」


「はい。お気をつけて」


 俺はリムジンに乗ったグラサン黒スーツにヒラヒラと手を振って校門を抜ける。


 字面も絵面も危ない組織の人間だが、実際その通りだ。あのドライバーは関東一帯を取り仕切る龍門寺組の構成員。つまりはヤクザである。

 そしてそんな人間に送り迎えをしてもらっている俺、龍門寺京佑りゅうもんじきょうすけは龍門寺組組長、龍門寺京太郎りゅうもんじきょうたろうの息子であり、ここ龍桜りゅうおう高等学校の二年生なのだ。


 組長の息子と聞くと子供まで厳ついのを想像するかもしれないが実際はそんなことはない。

 見た目は普通の高校生だし、むしろ周りの大人から甘やかされている分怠惰な方だと自覚している。


「おはようございます」

「おはようございます会長!」

「スカート丈が短いぞ!」

「す、すみませんッ!」


「おはようございます」

「……ざまーす」

「君、制服のボタンはキチンと閉めろ!」

「うす……」


「おはようございます」

「おはよう朝日奈あさひなさん!」

「ああ」


 玄関前で細い腕に生徒会の腕章を付け挨拶をしている一人の少女。

 彼女の名前は朝日奈咲良さくら。「会長」と呼ばれていたことからも分かるように、彼女はこの学校の生徒会長である。


 そんな彼女のルックスというものは……。

 制服によって強調される高身長でモデル体型な抜群のスタイル。

 胸元まである美しい黒髪は綺麗に一本に纏めれ、大きな目と通った鼻筋といったハッキリとした美人な顔立ちをしている。

 更に細かい所に視線を落として見れば、気安く触れると折れてしまいそうな程白く細い指、控え目ながら妙に妖艶な色気を誘う口元のほくろ等、彼女の魅力を語り尽くせない。


 当然生徒会長に当選するような内面の美しさも兼ね備えているのが朝日奈咲良という女性だ。


 警察庁長官の娘である彼女は品行方正を地で行く人間であり、少しの規則の緩みすら許さないため俺のようなだらしない人間からは「女帝」と恐れられている。


 そして当然のように学年一位の成績だ。

 更にヴァイオリンのジュニアコンクール優勝の経験もある才女であり、神様は彼女を作る時にうっかり才能の入ったバケツを全部こぼしたとしか思えないような人物である。


 そんな女性が同じ高校にいるなんて、年頃の男子生徒たちにとって憧れの存在であること間違いないだろう。

 その結果彼女は毎日誰かから告白されるのだが、誰一人として成功者はいない。


 まあそれもそのはずだ。何故なら……


「おはようございます」


「おはよ、さくら」


「うん……。おはよう……」


 朝日奈咲良は既に俺の恋人だからだ。


 他の人には聞こえない声でぽつりと呟く咲良。僅かに耳が赤くなっているのも、俺しか気付いていないだろう。


 考えてみれば咲良との付き合いも十年以上になる。

 たまたま同じ幼稚園にいた二人。ドジな男の子がヤクザ者の息子で、お節介焼きな女の子が警察の娘だなんて、そんなことお互い知らなかった。


 昔からしっかりしていた咲良は何かと俺に構い、気がつけば先生も「京佑くん係」を任命されていた。

 大人たちの都合からすればヤクザの身内である俺に対して下手に注意出来なかったからだろうが、当の咲良本人はそれを知ってか知らずか小中も変わらず常に俺の傍にいた。


 付き合い始めたのは高校に入ってから。

 お互いの親の仕事を考えれば結ばれることなど有り得ないが、むしろそれがロミオとジュリエット的な感じで二人を燃え上がらせた。


 だが障壁はとてつもなく大きいのもまた事実で、二人の関係が親にバレるとどうなるか分からない。

 警察に龍門寺組が潰されるかもしれないし、咲良の父親が失脚するかもしれない。

 そのため俺たちは付き合っていることを親はもちろん周囲の人間全員に秘密にしている。これは絶対に守り抜かなければならない。






「ねえ朝日奈サン、数学の宿題写させてよ」


「龍門寺京佑、人にものを頼む態度ってものがあるだろう。まず私の机の上から降りなさい」


 咲良は人前ではとにかく威厳を気にする。生徒会長として立場を崩さないため、彼女は人前では例え俺相手でも絶対にのろけないように気を配っているのだ。

 俺はそんな咲良の姿を可愛く思い、よくこうしてちょっかいをかける。


「じゃあ降りたら宿題は見せてくれるの?」


 俺はにやけ顔で彼女にグイッと顔を近付けた。


「見せる訳ないだろう。それは君が自分の力でやるべきだ」


 そう言って咲良はプイと窓の方を向いた。

 傍から見ればこれは全力の拒絶だが、その実、にやけ顔を隠しているだけである。


「ねえ、お願い」


「…………! ちょっとこっちに来い!」


 痺れを切らした咲良は俺の腕を掴み人気のない廊下まで引っ張り出した。


「あんまり……! 学校で……! 近づくなぁ……!」


「あは、咲良可愛い」


「んもう!」


 顔を真っ赤にした咲良はぷりぷり怒りながら退散する。

 しかし教室に入るその瞬間にはスンと何食わぬ顔に戻り、着席すると澄まし顔で単語帳を読み始めた。


 俺も流石にこれ以上は無駄な努力であり、しかも咲良を本気で怒らせると察したので仕方なく白紙の宿題に取り掛かることにした。


「凄い、あの龍門寺が宿題を始めたぞ……」

「ヤクザの跡取りも女帝の前には屈するのね……」


 毎日繰り返す俺と咲良の茶番だが、実はウィンウィンの関係だ。俺は咲良をおちょくれて楽しいし、彼女もより生徒たちからの尊敬を集めることができる。


 これが気軽にデートすら行けない俺たちにとって最大の愛情表現なのだ。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

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次話2024/02/23 15:00頃更新予定です!

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