第27話 SET

紅林日本国総理大臣が発出した「緊急事態宣言」以降は、空いっぱいだった宅配ドローンの数はかなり減り、いつしかその数よりも、政府ドローンが街中に飛び交う様が目立つようになっていた。それもそのはず、「対害虫一掃大捜索」の為に、宅配の一日の対応件数に制限を設けたからだ。

国一丸となって行われている大捜索により、至る所から「虫」の組織が炙り出され始めた。能力のあまりない「虫」達は次々と政府によって、いとも簡単に「排除」され始めた。政府と心情を共にする国民の中からも、多数の「虫」に関する情報が政府へと寄せられるようになり、その事により政府の活動も勢いを増していった。

国民にとっても、知り得る情報を政府へ渡さなければ、自分達が何をされるか分からない、という恐怖心からくる”思想的現実逃避”から起こる行動なのかもしれない。

至る場所に「虫」の亡骸が出来ては、政府が何事もなかったかのように綺麗にその人間の存在すらも全てを消し去っていく。

宣言発出以降は、暫くはこのような悲劇的な出来事の連続だった。

「虫」が「排除」されるシーンも、政府の「ニュース速報」を通して連日スクリーン上に映し出される事が増えた事も、ある意味反政府の気持ちを萎縮させる事に繋がっていった。

___国家最大の恐怖政治___


反政府の人間の中には既に政府に逆らう事が無駄な事だと考え、政府に従順になっていく者も増え始めていた。

「排除」されるか「従う」かの二拓に「虫」も悩まされる時間が増える。

実際、「虫」組織から脱退し、その者達が政府に情報を売る事で恩赦を得ようとする人間も少なくはなかった。ただ、一度「虫」に心を染めた者達が、その後生きていられたかどうかも定かではないくらい国の国民統制能力は強まっていった。

恩赦を与える素振りを見せては炙り出し、結局のところ、一度「虫」となった者達を秘密裡に「排除」しては反政府志向そのものを全て抹殺しようとしているのではないか?という噂話もちらほら流れてくる。

国にとっての全ての「負」の存在を一掃する事で、国民全員の脳内を「忠誠」だけにしていこうと、政府が上手く反政府の輩の精神状態を利用しているのではないか?と考えるほどに、それは残酷で強かなやり方だった。


______


やはりこの国の目指している所は危なすぎる。

早く動かないと更に締め付けだけの「絶対的服従国」になってしまう。

そしてこの「緊急事態宣言」により、全人口も更に減少して行く事は目に見えていた。この国が、世界に残る為の秘策が果たしてあるのかどうかも分からない状況になりつつある。

連日の「虫」に対する「粛清」映像は日本中の国民を恐怖に陥れ、委縮した状況を生みだしている。

地方にある「虫」組織もここ数日でどんどんと炙り出され、全国的にこの政府の「対害虫一掃大捜索」も数日でかなりの結果を出す事となった。

国民も、政府のその素早い対応が想像以上の成果であったと間違いなく確信したに違いない。

そして、「緊急事態宣言」発出から10日程で、私達が目にする「粛清」映像の数もかなり激減した。

それだけこの政策は成功に向かっているというのを表わす形となる。

この早い結果に政府も、「緊急事態宣言」の終結時期をそろそろなのかもしれないと考え始めるようになってきていた。

国民を締め付ける期間が長すぎても、今後の政府の政策に対して異論を唱える者もまた現れるかもしれないからだ。


しかし、日本全体に「虫」取りスプレーを撒かれたかのようなこの状況の中でも、ある一定のレベル以上にある「虫」達は逆らい、うごめき、身を潜めていた。


____


政府が「緊急事態宣言」発出以降の締め付けを強力に行っている間、僕らはとにかくその「時」が来るのをじっと待った。政府全体の気が緩んできた時がチャンスだと、その機会をずっと待ち望みながら。

心配だった僕らのデータ流出も、DAMIAによる政府へのネットワークコントロールで情報が政府に漏れる事はなかった。流石にDAMIAのスキルは凄いと、こんな時に改めて感じさせられた。


そして国民からも、今はまだ「緊急事態宣言」の最中なのかな?という雰囲気になってきた頃だった。


___僕らがとうとう動き出す決断をする。


「チャンスが訪れてきたね。政府は既に「虫」の「排除」が済んだと思いつつある。この緩んできた状況を待っていたんだ。結構な数の「虫」達が政府によりIDシグナルを検知され、排除されたからね。」

DAMIAが淡々と僕らに話す。


「そうだね。本当に政府のやっている事は無茶苦茶だ。総理の温和な演説とは裏腹に、やっている事は悪夢のようだった。」


「自分達が絶対だ、というこの国を、まともにしないと日本自体が終わってしまう気がするよ。」


それぞれが自分の想いを吐露する。


「それじゃ、俺達も始めようぜ・・・「時」は満ちたね・・・。」

_____


とうとう、その「時」がやってきた。


そんな中、「戦い」の為に、僕らは政府の監視を掻い潜る様に父さんのあの「聖地」に向かう。

DAMIAが僕らのIDブレスからの電波を現地に着くまでコントロールしてくれているが、だからと言って安心は出来ない。空には以前よりは少なくはなったが、政府ドローンが飛んでいるのが時々目に映る。

慎重に事を進めていかないと僕らの練った対策も無意味になる。


「Ray、今どの辺かな?」


「あと10分位で現地に到着予定だよ。それにしても駅周辺は政府ドローンがまだまだ多いね。」


「そうなんだよね、着くまでは慎重にならないとね。」


僕らはとにかく「普通」の政府下の人間を装い歩き続ける。

疑われたら終わりだ。有難い事に、宅配ドローンが減っている分、国民も買い物の為に外出をしなくてはならない。そのお陰もあって、僕らは「普通の生活」の中に紛れ込む事が出来ている。

全ての風向きが僕らに向いているような気がした。


____


DAMIAは自分の隠れ家で、モニターに全神経を注ぐ。

いつもと違う緊張感の中でキーボードを操作する指には、少しだけ汗を感じる。


(俺でも少しは緊張するみたいだな。)


SORAとRayが移動している間、二人の電波コントロールをとにかく慎重に行う・・・そんな状況が若干、DAMIAの心に今迄にない緊張感を与えている。


政府も歩行者の電波を拾っては調べるを繰り返し行っている。

その為、常に他のダミーの人間に二人の情報を置き換え、バレない様に現地まで送り届ける事が今の俺の最大の仕事だ。


___これをミスったらその先は無い。


(よし、これで何とか政府からの電波は防げている。このまま二人が安全に現地に着くのを待つだけだ。「聖地」に着いちゃえばSORAのお父さんが守ってくれるはずだ。そう考えると、あの場所を作ったお父さんは何処まで計算してやっていたのかと不思議にも思うが・・・今のこの状況を想像していたのだとしたら、本当に凄い人だ。)


よし、大丈夫。あと少しだ。まだ二人のIDブレスの信号は何とかキャッチされていない。「聖地」まで二人を届けられる。

「緊急事態宣言」が出た事で思ったよりも早く仕掛けないといけなくなった事が少しだけ計算違いだったが、それも含めて今の政府には多少の気の「緩み」も見られる。俺達に運が巡ってきているのかもしれない。

国もある意味、自分達の取っている行動が「勝ち」へと向かっていると勘違いしているのは、今の政府の様子を見ていれば間違いのない事だ。

俺達にとっては寧ろやりやすい状況が目の前にきている。


___


SORAから連絡が入る。

「到着したよ。」


そして5分ほど遅れてRayからも、


「同じく到着したよ。」

と、連絡が入る。


「じゃ、スタンバイ宜しく!」

DAMIAが二人に声を掛ける。


___いよいよ今から始まるんだ。


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