第26話 緊急事態宣言
__2050年 2月__
その日は朝から国民の心がざわつく一日となった。
そう・・・久し振りに世の中全てのスクリーンが、政府によってジャックされたからだ。家中、街中のスクリーンが「政府ニュース速報」一色に変わる。
前回のニュース速報以来、国民全体が「政府 対 虫」の構図としてその情報を気にし始めているのは間違いのない事だった。だからこそ、今回の「政府ニュース速報」がまさしくそれに関わっている情報だと、国民全員が感じずにはいられなかった。
何故か?・・・今の国民にとって最も興味のある出来事が、「政府」と「虫」の戦いだからだ。
街中に映し出されていたスクリーンからは「政府ニュース速報」という文字が突然消え、すぐさま別の映像に切り替わる。それと同時に日本中が静寂に包まれていく。
___全ての国民がその「知らせ」に注目しているのだ。
そして画面に現れたのはいつもの無表情の女性キャスター、「杉山」だった。
人間味のないその表情を見ていると、この杉山という人物はリアルな人間なのか毎回分からなくなる。
実は「AI」なのか?と思うような話し方は相変わらずだ。感情が失われた時代ならではの事なのかもしれないが。
「こんにちは。政府ニュース速報担当の杉山です。皆様お変わりなくお過ごしでしょうか?。本日は、今日の日本の平和を築いてきました「紅林 俊一楼」日本国総理大臣が直接、全国民へ向けてのメッセージを伝える事となりました。通常、紅林日本国総理大臣が皆様の前に出る事はほとんどありません。大変稀有な事ですので、どうぞしっかりとご視聴の程、宜しくお願い申し上げます。」
(なんだって?紅林日本国総理大臣が直接国民に訴えるのか?そもそも今の時代は、ほとんどの国民が日本国総理大臣の顔も姿も見る機会がない。NCCB主導となった今、影の支配者として君臨しているに過ぎない為、それは幻のような存在となっている。その総理大臣が表立って伝えるなんて、そこまで政府も逼迫した状況なのか?)
杉山の言葉が終わると同時に、街中のスクリーンが日本国総理大臣室からの映像に切り替わり、紅林総理大臣本人が映し出される。
多分、全国民が(この方が日本国総理大臣なのか、と思ったに違いない。)
「国民の皆さん今日は。日本国総理大臣の紅林でございます。ほとんどの方が私の顔を見るのは初めてだと思いますが、幻ではなく存在していますのでご安心を。今回、私が直接登場したのは他でもありません。皆様もご承知とは存じますが、現在、「虫」の存在により日本はとても深刻な状況となってきております。その為、私が皆様の前に姿をお見せする事で、より真摯にこの問題に向き合って頂けると思い、直接お伝えする事と致しました。今日お話しする事は、今後の日本の未来に関わる問題です。どうぞしっかりとお聞き下さるよう宜しくお願い申し上げます。」
想像していた総理とは違って、丁寧で物腰の柔らかい印象に国民全員が驚いたかもしれない。そんな人が今のこの狂気的な日本を作ったとは到底思えないからだ。
___総理が話しを続ける。
「前回、NCCBより皆様にお願いしておりました「特別害虫対策遂行チーム」の招聘も無事終え、そして「虫」に対するこのチームの対策訓練も終了致しました。これに伴い、いよいよこの「特別害虫対策遂行チーム」が本格始動する事になりましたので、皆様に急遽お伝えする事となりました。そして今から皆さんにお話しする事は、とても重要ですのでしっかりとお聞き下さるようお願い申し上げます。」
(やはりこの政府ニュース速報はその事についてか・・・。)
国が任命したNCCB対策本部と「特別害虫対策遂行チーム」の連携準備がいよいよ整ったのだと確信した。それを政府のニュース速報で総理自らが国民全員に示す事で、さらなる締め付けをしようと目論んでいるようにしか思えない感じだ。
若干、この話し方も胡散臭い気がして仕方がない。
「以前にも政府ニュースでお伝えしたように、反政府の人間が日々増え続けているようで、その者達による政府内ネットワークへの不法な侵入が頻繁に見られるようになりました。そこで我々もNCCBだけに任せるわけにもいかず、国家の最重要課題として、自らの言葉で直接お伝えする事と致しました。」
(さあ、総理まで出てきて何をするつもりだ?)
「この最重要課題を放置するわけにはいかず、我が国としては本日より「緊急事態宣言」を発出するに至りました。政府のNCCB主導で「特別害虫対策遂行チーム」と連携し、国家に反乱を目論む政府下の反乱者達を排除する為に、「対害虫一掃大捜索」を行う事となりました。今こうしている間にも汚い「虫」共は、皆様の平和を脅かそうとしています。今後は国のメンツにかけて、日本全国の至る所に隠れている「虫」共をどんどんと隠れ家から誘き出し、全ての「虫」共をこの新たなるチームで一掃し、元来の暮らしやすい日本を再構築していきます。一日でも早く、この醜悪な「虫」による脅威から皆様を守る為に、そして、安全安心の暮らしをお届けする為に、皆様に代わって戦う事を宣言致します。私の方からは以上となります。」
紅林日本国総理大臣が話し終えると、すぐに画面は杉山へと変わる。
「以上が、紅林日本国総理大臣からのお話です。この「緊急事態宣言」発出により、只今より「対害虫一掃大捜索」が始まります。つきましては、皆さんの中で「虫」に関しての情報を少しでもお持ちの方は、こちらの政府ニュースの問い合わせコーナー宛にご連絡を下さい。どんな些細な事でも構いません。皆さんの協力によって、より俊敏に対応していく事が出来ると確信しております。小さな情報が大きな実りへと繋がる事を信じてください。本日は以上となります。「政府ニュース速報」担当の杉山がお送り致しました。」
(プツッ・・・。)
杉山が話し終えると同時に、全国のスクリーンが何もなかったように「政府ニュース速報」の画面からそれぞれが見ていた元の映像に切り替わる。
______
(何が、国の安全安心だ。長い間、国民をマインドコントロールしておいて、お前達の方が脅威なんだよ。もうこれ以上好き勝手にはさせない。こんな息苦しい世界で我慢するのはウンザリなんだよ・・・。)
と、DAMIAが心の中で呟く。
__そのお前らの言う「虫」が、なかなか息絶えないというのを見せてやろうじゃないか・・・。
国による異次元の実力行使がいよいよ始まる。
政府が行う施策を国民にも知らせる事で、政府に反旗を翻す人間達の行動を抑止しようと締め付けに徹しているのだ。
政府の監視下だけでなく、既にマインドコントロールされた国民全てを使って反政府の人間を完全包囲しようとしている。
まるで虫籠にすべての「虫」を閉じ込めるかのように・・・。
______
「とうとう政府から「緊急事態宣言」が発出されたね。しかも紅林総理大臣が直接画面越しに伝えるなんて前代未聞だよ。顔も見た事なかったから存在も疑っていたけど実在したんだ。まあ、矢面に立つのは今の時代危険でもあるからね。それにしても「緊急事態宣言」の発出は時間の問題だったから仕方ないけど、逆に遅かったくらいだね。その間にこちらの準備はほとんど出来たから、ギリギリ間に合ったね。」
Rayからもやる気が垣間見える。
「うん、どうにか僕らも政府への対策が出来上がったからね。でも、逆に政府を倒すイメージが湧いてきたよ。これで僕らも戻れなくなったし。」
「ああ、本当にそうだね。僕もやる気が凄く出てきた。これ以上時間をかけると、それこそ身動きが取りづらくなるからちょうど良かったかもしれないね。」
_____
いよいよ、政府も焦り始めたみたいだな?
「緊急事態宣言」なんて大袈裟な事までして。
まあ、俺からしたらより楽しくなるけどな。
さあ、DAMIA達はどう動くのか?
お前らが動くのを考えるだけで、俺の体が疼いて仕方がない。
今回は俺も思う存分暴れられそうだ。そして、その・・・SORAとかいうやつの力をたっぷりと見ようじゃないか。俺はその力を借りて仕留めさせてもらう予定だけどな。久し振りに俺自身の鼓動が激しく脈打つ感じがするぜ。
早くその時が・・・。
あー、待ちきれないぜ。
本格的に動ける時が来たカラスの心は浮かれていた。
この時を見逃すはずはないと・・・。
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