第53話 壊滅

 村に戻ると村長からはお礼を言われ、宿泊することを勧められたが俺たちは帰ることに決めた。

 もうすぐ日が暮れるからと止められたけどシンに急かされて村を出た。

 こういう時のシンの直感には何度も助けられたからというのもあるけど、どうも今回訪れた村の雰囲気がいつもと違うような気がしたからだ。

 なんとなく俺たちをここに留まらせたいという空気のようなものも感じた。

 本来なら三日かけて歩く場所を、最短距離を進むため道から外れて森の中を進み、川を渡り、一日半後の昼過ぎには村が一望できる丘に到着した。

 ここから丘を下って走れば一時間もかからず村に行ける。

 ただそこから見た村は……燃えていた。煙が上がっていた。


「何だよ、あれは……」


 誰かの声が聞こえた。

 次の瞬間俺は走っていた。

 枝葉が顔に、腕に、足に当たるけど構わず走る、走る、走る。

 視界に入る景色が後方に流れていく。

 呼吸が乱れる。

 心臓が痛い。

 ドクドクと激しく波打つ。

 それでも足は止まらない。

 一分でも、一秒でも早く村に着くために。

 そして村の入り口まできて、足が止まった。

 目に映るのは壊された門。その傍らに倒れる人の姿。

 俺はフラフラとその人に近寄り、背中が真っ赤に染まっているのを見た。

 屈んで確かめると彼は三つ隣に住んでいた男だった。

 子供のいない夫婦で、リュカを始め村の子供たちのことを良く可愛がってくれていた。

 俺も小さい時にお世話になった。

 俺は顔を上げ村に足を踏み入れた。

 村の中はもっと酷かった。

 人が倒れ、村で飼育していた牛が徘徊している。家は破壊され、燃えている。

 誰がこんなことを……。

 そうだリュカは! リュカは無事か⁉

 俺は再び足を速めて家を目指した。

 木材の焦げた匂いが鼻につく。その中には肉の焼ける臭いも混じっていた。

 嫌な想像が頭に浮かぶが、それを振り払って走った。

 ほどなくして到着した我が家は無事だった。

 壊れた跡もない。


「リュカ!」


 けど家には誰もいなかった。

 人の気配もない。

 隣の家に回ったけどこちらも同じだ。


「タリス、ライ! こっちだ!」


 その時バイアスの呼ぶ声が聞こえてきた。

 声のする方に向かう。あっちには確か村の備蓄庫があったはずだ。

 そうだ。あそこには地下室がある。

 俺がそこに到着すると、備蓄庫の前にはシンとバイアスの二人がいた。備蓄庫の扉は少しだけ開いていた。


「誰かいたのか?」


 俺の言葉に目を逸らしながらシンが頷いた。

 そこにタリスが合流し、バイアスに先導されて備蓄庫に入った。

 むせ返るような血の臭いに襲われ、その光景を見て、俺は息が止まるかと思った。


「戻ってきたか……」


 そこには服を真っ赤に染めて座る村長と、十二人の村の人たちがいた。

 正確には寝かされていた。

 その中にはリュカがいた!

 俺は近付き、近くでそれを見て膝を突いた。

 頬に血が付着して、服は切り裂かれている。息は微かにある。けど……。


「リュ……カ……」


 声を掛けようとして言葉が止まった。

 そうだ。回復薬がここに保管されていたはずだ。

 村長に聞こうと振り返ると、村長は俺を静かに見ていた。

 その瞳は怒りに染まっていた。


「薬草や回復薬は……もうない。全て使った。わしを含め、もう誰も助からないじゃろう」


 俺はリュカを……同じように横たわる人たちに視線を向けた。


「何があったかを話す。お主たちが村を発った三日後。村は鎧を着た集団に襲われた。たぶん……領主の関係者じゃ」


 村長がそう思ったのは、以前一度だけ、街に行った時にその中の一人を見たからだと言った。


「村を襲った理由は分からぬが……お主たちはとにかく逃げよ。もしかしたら引き返してくるかもしれん」


 けど動けなかった。

 逃げる? 何処に? リュカを置いて?


「……シンたちはどうするんだ?」


 考えることが出来なくて俺は三人に尋ねていた。


「俺は仇を討つ」

「僕もそのつもりだ」


 顔を上げてバイアスとシンの二人を見ると、バイアスは感情を露わにして怒り、シンは目を細めていた。

 仇討ち……俺はリュカを見た。

 少なくともリュカをこのようにした奴を許すことは出来ない。

 ただ相手が騎士だというとはっきり言って難しい。

 俺たちもそれなりに戦える自負はあるけど、それはあくまで魔物相手だ。人間相手に武器を振るったことは一度もない。

 それに村を襲った相手が何人いるかも分からない。

 それでも……。


「ライよ。もしお主が復讐を考えるならわしを、わしらを殺せ……」


 その言葉にシンたち三人は驚きの表情を浮かべた。

 そうだ。俺のギフトを知っているのは村長だけだった。正確には俺が授かった本当のギフトを。


【強奪】


 これは殺した相手のギフトを奪い自分のものにするというもの。ただし失敗することもある。

 俺はそれを聞いてふと今横になっている人たちを見た。


「そうじゃ。有用なギフト持ちを集めた。まだ息があった者たちだけ、じゃがな。今生きているのは、お主のために無理やり生き永らえさせた」


 俺はそれを聞いてリュカを見た。

 まだリュカは九歳になったばかりだ。ギフトを授かっていない。


「ギフトを授かるのは十二になってからじゃが、ギフトは生まれ持ったものと言われておる。だから分からないだけで、使えないだけで、既にその身に宿っているのかもしれぬ。じゃがそれはあくまで可能性じゃ」


 村長は俺が望まなければ、このまま皆静かに死なせればいいと言った。

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