第52話 記憶
◇ それは騎士王と呼ばれたライの、
「ライ行ったぞ!」
追い立てられた山の
その巨体は大きな壁のように見える。
俺は大きく息を吐き……木から飛び降りた。
狙いを定めて一気に剣を振り下ろす。
頭上からの完全な不意打ち。落下の速度も加わり、主の頭を斬り落とした。勢い余って着地に失敗したのはご愛敬だ。
これで村の被害が減る。主によって追い出された動物たちも帰ってくるだろう。
魔物の数も増えるかもしれないが、それは仕方ない。大物がこないことを祈るしかない。
俺たちはその場で主を解体し、必要な素材と肉を持って村に帰った。不要な物は土にしっかり埋めるのも忘れない。
「お兄ちゃん!」
村に帰ると迎えてくれたのは妹のリュカだ。
俺は抱き着いてきたリュカを受け止め、家に帰った。
両親のいない俺たちは、妹との二人暮らしだ。
「お兄ちゃん、主どうだった?」
「大きかったぞ?」
手を広げて大きさを主張するとリュカは目を丸くしていた。
二人だけになった家族だけど、リュカがいるだけで幸せだ。
村の人たちも優しく、俺が泊まりで出掛ける時は、いつも面倒を見てくれた。
「隣村へ?」
数日後、村長に呼び出された俺たちは、隣村に行くことになった。
魔物が村の近くに住処を作ったため、その討伐だ。
本来なら街に行ってギルドに依頼するなり、自分たちの問題は自分たちで解決するのが普通だ。
けどそこの村からは定期的に薬草を買っていて、なくなってしまうと俺たちも生活に困るという事情があった。
「お兄ちゃん……」
「いい子にしているんだぞ」
俺が頭を撫でると抱き着いてきた。
まだまだ甘えん坊だな。
俺がそんなことを思っていると、周囲で見守っていた仲間たちがニヤニヤと生暖かい目を向けてきた。
俺は村長にリュカのことを頼み、村を発った。
隣村といっても、歩くと片道三日はかかる。
「しかし魔物か……確かゴブリンだろ?」
「そう聞いた。あそこの村にも戦える者はいる。それなのに援助を求めてきたとなると、数が多いのかもしれない」
俺の声に頭脳担当のシンが答えた。
遠征に行くのはいつものメンバーだ。
俺に、幼馴染の三人でいく。
シンは物知りでギフト【風魔法】を覚えている。魔法系は魔術系のギフトの上位にあたる。
タリスは無口で俺たちの中では一番体格が良く、【下級盾術】のギフトを授かり、常に魔物との最前線に立って守ってくれる。頼れる男だ。
バイアスはお調子者だがムードメーカーで、ギフト【中級槍術】を覚えている。その鋭い一撃で何度も俺たちの危機を救ってくれた。
そんな俺たちは村に到着すると、一泊して隣村の数人の男たちと魔物退治に出掛けた。
魔物は報告通りゴブリンで、洞穴に住み着いていた。
同行した三人の男たちとは顔見知りで、何度か組んで魔物と戦ったことがあるから腕前は知っている。
ただいつもの元気がないのが気になるところだ。
「洞穴ですか……あれは昔からあるものですか?」
シンの質問に無言のまま首が振られた。
新しいものか……そうなると深さが分からないから、どれだけの数がいるかが分からない。
けど急に洞窟が出来るなんてことがあるのか?
村に到着した時に村長に尋ねたけど、正確な数が分からないと言葉を濁したのはこれが原因?
「……どうする?」
「埋めてしまいましょう。リスクを負う価値はありません」
タリスの言葉にシンは吐き捨てるように言った。
それには村の男たちが驚き何かを言おうとしたけど、
「自分たちがどんなことを要求しているか理解していますか?」
と怒気を含んだ声で言ったら黙ってしまった。
確かに腑に落ちないことは多い。
村人たちの態度は村長を含めておかしい。
今もシンが睨めば、目を逸らした。
そして普段冷静なシンがここまで苛々しているのも珍しい。
「何か嫌な予感がするのですよ」
俺が不思議に思っているとそんなことを耳打ちしてきた。
ただ新しい洞穴とはいえ、中を確認する必要はある。
村から人が攫われたという話は聞いていないが、人が中にいないという保証はない。
シンもそのことは分かっているから、それには同意した。埋めてしまおうと言ったのは、どうも苛ついていて勢いで口にした言葉だったようだ。
「洞穴は苦手なんだよな」
バイアスは槍を振り回しながら言った。
狭いところは長物の槍は使い難いからな。
それでも突き主体で器用に戦ってしまう。ギフトの恩恵もあるけど、陰で練習しているのを俺たちは知っている。
俺も愛用の剣を引き抜いた。
まずは外にいる見張りをシンが魔法で倒した。
悲鳴一つ上げずに二体のゴブリンが同時に倒れた。
その後タリスを先頭に洞穴に進入したが、洞穴は浅く、ゴブリンの数も十体程度で少なかった。
「外に出ているとか?」
「その可能性もなくはないですが……とりあえずここは埋めてしまいましょう」
シンが洞穴に向けて風の弾丸を打ち込むと、崩落の音が鳴りやがて洞穴の入り口は岩で塞がれた。
結局村の人たちの懇願もあって、一応洞穴の入り口を見通せる場所で半日警戒して待つことにしたが、結局外からゴブリンが現れることはなかった。
はっきり言って、俺たちがわざわざ来る必要がなかったと思った。
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