第49話 宝剣リュゲル
爆発地点に目を向ければ大地は穿たれクレーターが出来ていた。
その反対方向に目を向けるとそこにはセシリアがいた。
その姿を見て息を呑んだ。
決して無傷ではないけど、セシリアはゆっくりと立ち上がった。
「まさかこんな攻撃をしてくるとは思わなかった」
セシリアの左半身は血に染まっている。
胸も大きく上下して呼吸も乱れている。
顔色も真っ白で血の気がない。
けどその瞳はまだ死んでいない。
その瞳に見詰められて思わず気圧され怯んだ。
それは一瞬の隙。セシリアは剣を地面に突き刺すと、右手で回復薬を取り出し飲んだ。
乱れた呼吸は整い、顔色も良くなった。
「さあ、戦いを続けようか!」
セシリアは剣を引き抜き突進してきた。
僕は慌てて剣を構えて応戦する。
心なしか先ほどよりも力強い。
打ち合う手が痺れる。
「どうしたこの程度か!」
一際高い金属音が響き、手にあった重さが変わった。
刀身を見れば、半ばから上が消えている。
「止めだ!」
セシリアの底冷えする声が耳を打った。
僕は飛び退いたけど剣の先端が体に届く。
思わず歯を食いしばった。斬られた場所が熱い。
まだだ。追撃がくる。
僕はレンタルで鉄の剣を呼び出した。
「そんな剣で私の攻撃を防げると思うな!」
セシリアの攻撃は止まらない。
それどころかさらに勢いは増す。
その斬撃はこの鉄の剣を破壊でもしようかというほど熾烈だ。
実際手に伝わる衝撃はさらに増した。
けど鉄の剣はそれに耐える。
先ほどまで使っていた剣と比べてもランクは低いはずなのに、鉄の剣は破壊されない。
それでもこのままでは駄目だということは分かる。
時間が経てばこの剣は消える。
マジックリングの中に予備の剣はあるけど、それは先ほど折られた物と同じだ。
ならレンタルの中から選ぶ?
【習得ポイント 25566】
このポイントでレンタル出来る武器は多い。
けど選べない。
互角に戦える武器では駄目だ。
圧倒出来ないとセシリアは倒せない。
それなら……。
目に飛び込んできたのは一つの剣の名前。
【宝剣リュゲル 50000P】
これは騎士王ライが、王より賜り愛用していたとされる剣だ。
他の英雄たちが使っていた武器と違ってレンタル出来るポイントが低いのは、直接目にしたことがあるから。
そういえばそろそろ健国際か……。
健国際でのみ宝剣リュゲルは宝物庫から出されて展示される。ギフトの件で塞ぎ込んでいた僕を父上がわざわざ連れて行ってくれたんだった……。
でも……ポイントは足りない。三割引を使っても。
ポイントが足りない時の代償が何かは分からない。
もしかしたら命に係わるほどの危険なものかもしれない。
それでもセシリアを倒さなければ結局結果は同じだ。
それに僕が死ねばニアも死ぬことになる。
それなら……せめてニアを守るために一縷の望みにかける。が、その前に一つ確認をする。
僕はリスト内にあるフィアの護剣をまず選択した。
『レンタルが失敗しました』
やっぱりか……なら次は。
『ポイントが足りませんがレンタルしますか?』
答えは決まっている。
セシリアの剣が振り下ろされて、鉄の剣に打ち付けられる……その寸前で鉄の剣が消えた。時間切れだ。
意表を突かれたセシリアは前のめりになって体が流れた。
僕はここで宝剣リュゲルを呼び出した。
ポイントが0になった。
手の中に現れた剣を握る。その圧倒的な存在感は、かつて王都で見たそれと同じだった。
セシリアは大きく目を見開いた。瞳が揺れている。
僕は体勢の悪いセシリアに対して剣を振り下ろした。
セシリアは剣を盾にしてどうにか耐える。
けど勢いは殺せず後ろに吹き飛んだ。
僕はそれを追って剣を振る。
完全に形勢が逆転した。
防戦一方のセシリアを攻め立てる。
ただ見た目ほど僕に余裕はなかった。
決定打がなく、時間だけが過ぎるからだ。
一振りするごとにタイムリミットが迫ってくる。
「ふ、どうした。余裕が感じられないぞ」
僕の一撃を受けたセシリアが笑みを浮かべた。
頭では分かっている。セシリアも消耗していることが。
それでもそのような態度を取られると動揺する。
…………駄目だ。落ち着け。思い出せ。集中しろ。
目の前の敵を倒すことに!
宝剣リュゲルを握る手に力を籠める。
見るのはセシリアだけ。
殺すという意志だけを持って剣を振るう。
色々頭の中で考えていたことが消えていく。
スッキリすると体が軽くなったような気がした。
剣を振るう速度が上がり、打ち付けた時の音が変化した。
セシリアが呻き声を漏らしたが気にしない。
振るう。振るう。振るう。振り下ろす。
パキンという音が鳴った。
目の前には無防備になったセシリアの胸があった。
僕は剣を引き戻し……体ごとぶつかるように踏み出した。
剣先がセシリアのお腹を捉えた。
抵抗なく剣先は沈んでいき、貫いた。
ゴホという音がして、吐き出された血が顔にかかった。
見上げると、セシリアの顔が見えた。
その表情は最初驚きの顔だったけど、目が合うと優し気な表情へと変わった。
「見事だ。フロー君……」
そう言い残し、セシリアは僕の方にもたれかかるように倒れてきた。
手の中の宝剣リュゲルが消えると、体に痛みを覚えた。
「倒したのか?」
声に振り返ると、エイルがいた。
「ニア様たちのところに行こう。出来ればセシリア様を運んでくれるか?」
僕はその言葉に従い抱きかかえて歩く。
その軽さに驚いた。
一歩歩くごとに力が抜けていくような感じを受けたけど今はニアの元に急ぐ。
ニアは僕たちに気付くと縋るように言ってきた。
「ハイルさんが……」
見ればニアの手は真っ赤だった。
残りの回復薬を使ったけど効果があまりないと言った。
マジックリングの中にはいくつか回復薬があるけど、それは普通の回復薬だ。
一応使ってみたけど、傷口は塞がらない。
「ニア様、無駄に使う必要はありません。エイル、それにフロー君。セシリア様はどうなった?」
「……倒したよ」
「そうか……」
僕はセシリアを地面に横にした。
辛うじて息はしているけどもう助からないだろう。
それは僕が一番分かっている。
「セシリア……」
ニアの呼び掛けにセシリアは目を薄っすらと目を開けた。
「ニア様……すいません」
「何でこんなことを……」
ニアの問いかけに返答はなかった。
「……エイル、いるか?」
「はい、ここに」
「……確認を頼む」
「分かりました。失礼します」
エイルは頭を下げると、短剣を使ってセシリアの服を切った。
真っ赤に染まったお腹が見え、その上の白い肌が露わになった。
「エイル!」
ニアが驚き非難の声を上げるけどエイルの手は止まらない。
胸が露わになってそこで手が止まった。
「……セシリア様……消えています」
エイルの手が途中で止まり、震える声で告げた。
「そうか……良かった……本当に良かった。エイル……後は任せた」
セシリアの目尻から涙が流れ落ちた。
それがセシリアの最後の言葉になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます