第45話 思い出

「ほらお兄ちゃん、お姉ちゃんも早く早く!」


 ジニーの元気な声が耳を打つ。


「きたかった場所って、ここだったんだ」


 ジニーに続き、僕は階段を上り切った。


「はい、この街を発つ前にもう一度ここから景色を見たいと思ったんです」

「お姉ちゃん……」


 ここはライルラスの象徴である鐘楼だ。

 ニアはその最上階までくると、目を細めてぐるりとライルラスの街を見回している。


「ここにくると、ライルラスにきた頃のことを思い出します。メリッサさんやジニーちゃんにも色々迷惑をかけてしまいました」

「そんなことないよ」


 縋りつくジニーの頭をニアは優しく撫でている。


「フローもありがとうございます。フローがいなかったら、たぶん私は助かっていなかったと思います」

「そんなことはないよ」

「いいえ、ププルが教えてくれたんですよ」

「ププル?」

「……ジニーちゃんには言っていませんでしたね。私の友達です。紹介してもいいのですが、内緒にしてくれますか?」

「内緒?」


 ジニーが僕の方を見たから頷いた。

 ニアは内緒と言ったけど、何となく話したいように見えたからだ。


「うん、内緒にする! 約束する!」

「分かりました。ププル」


 ニアの呼び掛けにププルが虚空から姿を現した。

 ピョンピョンと跳ねると、ジニーの肩に乗った。


「わ、わ」


 とジニーは驚いてあたふたしていたけど、ププルがすりすりと頬に擦り寄ると、くすぐったいと言って楽しそうにププルを撫でている。


「可愛いね!」

「はい。可愛いだけでなく頼りにもなるんですよ」

「そっか……ププル。お姉ちゃんのことよろしくね!」


 ジニーの声に、ププルは任せろとでも言うように飛び跳ねていた。




「ププルのこと、本当に良かったの?」

「はい。ジニーちゃんなら大丈夫だと思いましたから」


 僕の背中で眠るジニーの頭を撫でながら、ニアが言った。

 鐘楼で過ごした後は、三人で街中を歩いた。

 最後ということもあって、ジニーはかなりはしゃいでいた。今はその反動で疲れて眠ってしまったけど。


「フロー、体は大丈夫ですか? 今日一日でかなり歩き回りましたけど」

「うん、大丈夫だよ」


 心配するニアに僕は答えた。

 事実目覚めたその日こそ辛かったけど、驚異的な回復で感覚的に八割がた元に戻っていた。

 レベルの確認をしたら、19まで上がっていたからその影響もあるかもしれない。


「……明日出発なんだよね」

「……はい」

「ヴァルハイト公国に行って、また戻ってくるの?」

「……分かりません」

「そっか……」


 何をしに行くか分からないけど、アルスフィア皇国に戻るならまたここを通ると思ったけど……ニアの表情を見る限り、もしかしたらヴァルハイト公国にそのまま留まるのかもしれないと思った。

 話が続かず沈黙が流れた。

 本当なら気の利いた言葉の一つでもかけるべきだと思ったけど、それが出来なかった。

 怖いんだ。

 似ていないのにニアとミレアの顔が重なった。

 親しくなり過ぎると、それを失った時の喪失感が大きい。

 もしかしたら、僕がパーティーを組めなくなっても仕方ないと割り切り、大してショックを受けないのは、レンタルのせいだと諦めているのではなくて、いつか別れることへの恐怖からなのかもしれない。

 結局その後は一言も話すことなく、僕たちはメリッサの宿へと帰った。


  ◇◇◇


「お姉ちゃん元気でね」

「はい、ジニーちゃんも元気で。メリッサさんも色々とありがとうございました」

「いいんですよ。それより料理の練習、続けてくださいね」


 ニアはジニーとメリッサと話している。


「フロー、世話になったっす」

「フロー君、君は強くなります。だからこれからも鍛練を続けて頑張ってください」


 僕はというとラルクやハイル、エイルたちと言葉を交わした。


「では行くぞ」


 そしてセシリアの一声でニアとセシリアは馬車に乗り込み、ラルクとハイルは御者台に、残ったエイルたちは屋根に上っている。

 馬車は大きく広いから御者をする者以外は中に入るかと思ったら違うようだ。

 この馬車の構造上、後方を見張るなら確かに屋根の上じゃないと無理そうだけど。


「フロー……」


 ニアが窓から顔を出してきた。

 僕は動けずいたけど、背中を押されて一歩前に出た。

 振り返るとメリッサが笑顔を浮かべていた。笑顔なのにちょっと怖いな。

 ここで引き返したら、宿に帰ったあとに何を言われるか分からない。

 僕はさらに一歩踏み出して馬車に近付くと、


「ニア……またね」


 と声をかけた。

 情けないが、これが今の僕の精一杯だった。


「! はい、また会いましょう。それから向こうに着いたら手紙を書きますね」


 けどニアは嬉しそうに微笑んだ。微笑んでくれた。

 言って良かったと、心から思った。

 僕は心の中でメリッサに感謝した。


「では出発するっすー」


 ラルクの気の抜けるような声を合図に、ニアたちを乗せた馬車は走り出した。

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