第44話 直感

  ◇ ???・3


「失敗したっすね。それに危なかったっす」

「ああ……だが仕方ない。それにしても上手いこと口を封じたな」

「迫真の演技だったっしょ? ただ犠牲はあったすけどね。それよりもあそこで逃がす必要があったっすか? むしろ近くにおいて、乱戦に持ち込めば良かったんじゃないっすか」

「直感が働いたんだよ」

「…………」


 私がそういうと奴は押し黙った。

 直感。便利な言葉だ。


「……それじゃどうするっすか?」

「調べたところ、この辺りにしようと思う。話では人もあまり通らないみたいだしな」

「……直接やるってことっすか?」

「私にはもう、あまり時間が残っていないからな。悪いか?」

「いや、そんなことないっすよ。むしろ最初からそうやった方が早かったと思うほどっすよ?」


 確かに奴の言う通りだ。

 私がそうと決めていれば、もうとっくに終わっていたかもしれない。

 それでも私は待って良かったと思った。

 私のやることは変わらない。けど……結果はまだ分からない。直感がそう告げている。


「とりあえず準備が出来次第出発する。いつぐらいに行けそうだ?」

「もうちょっと時間が必要かもっすね。馬車の方は問題ないっすけど、あれを牽く馬がいないみたいっす。それに別れを言いたいそうっすからね」


 そうだったな。彼はまだ目を覚まさない。

 一体あそこで何があったんだろうな。

 それよりも律義に別れを言わせるために待つのを、この男が賛成したのにも驚いた。

 正直反対すると思ったから。


「まあ、これが最後っすからね」


 と言っていた。

 私からしたらただ単に楽しんでいるようにしか見えなかったが、まあいいだろう。


「いつでも出発出来るように準備だけは頼んだぞ」

「任せるっす」


 私は部屋を出て行く奴を見ながら、そっと胸に手を当てた。


  ◇◇◇


「ここは?」


 目を覚ますと見慣れた天井があった。

 この木組み……メリッサの宿のいつもの部屋だ。

 体に重みを覚えて視線を向けると、そこにはニアが眠っていた。

 ……どういう状況だ?

 記憶を必死に探る。

 最後に覚えているのはダンジョンだ。

 五階でダンジョンコアを吸収して……それから先の記憶がない。


「フロー?」


 必死に考えていたら声がかかった。

 目を向けるといつの間にか起きていたニアの目とぶつかった。


「えっと、その、おはよう?」


 僕が答えるとニアは頬を綻ばせたけど、突然顔を真っ赤にして、


「メ、メリッサさんとジニーちゃんを呼んできます」


 と言って部屋から出て行ってしまった。

 一人取り残された僕はとりあえず体を起こそうと思ったらカチコチに固まっていた。

 思うように動かず、どうにか苦労して上半身を起こしたところでメリッサたちが慌ただしく部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん!」


 と跳び付いてきたジニーの一撃に思わず悲鳴を上げるところだった。鳩尾は痛い……。


「ほら、ジニー落ち着いて。それよりよかったです。もう六日も寝続けて……チェノスさんは大丈夫だって言っていたんですけど心配しましたよ。それとニアにお礼を言ってくださいね。殆ど付きっ切りで看病してくれていたんですよ」


 六日も寝ていた?

 そしてその間ニアが看てくれていたのか……。


「ありがとう、ニア」


 僕は素直に感謝の言葉を伝えた。


「いえ……」

「ふう。とりあえずフローが目を覚まして良かったです。それとまだ少し混乱しているようですね。ニア、何があったか説明して貰っていいですか? ジニー、少し手伝ってください」


 そう言ってメリッサはジニーを引きずって出て行ってしまった。

 二人残されたけどちょっと気まずい空気が流れている。

 けどそれは長く続かず、ポツリポツリとニアがあれから起こったことを教えてくれた。

 まず僕だけど、気を失ったままここに運び込まれたそうだ。

 やはり最後の記憶通り、僕はダンジョンで気を失ったようだ。

 それからダンジョンのことや、それに関わっていた人たちのことも教えてくれた。

 騎士は身柄を拘束、冒険者に関しては奴隷落ちが確定したそうだ。

 宿に顔を出したチェノスや副隊長の話では、騎士もいずれは同じことになるのではと言っていたそうだ。


「それと、そろそろ私たちはこの街を発つことになると思います」

「……そっ……か」


 分かっていたことだけど、ニアの口から改めて言われると本当にその時がきたんだと思った。


「いつ発つの?」

「セシリアは馬の用意が出来たらって言っていました。今騎士団の人たちが使っていた軍用の馬を譲ってくれないか交渉しているそうです」


 ニアたちの目的地はヴァルハイト公国だ。

 公国の何処を目指しているかは分からないけど、軍用で鍛えられた馬なら、長旅にも十分耐えられる。


「寂しくなるね」


 結局僕はそれだけしか言えなかった。




 翌日。僕はニアから三日後にライルラスを発つことを聞いた。


「それでフロー。一つお願いがあるのですが……」

「僕に出来ることなら大丈夫だよ。激しい運動はちょっと辛いけど」


 長い時間寝ていたからまだ本調子じゃない。

 冒険者としての活動を再開するためにも、早く体を動かして元に戻さないとだ。


「大丈夫……だと思います。少し行きたいところがあるんです」

「う、その沈黙がちょっと怖いんだけど」

「ふふ、フローなら大丈夫ですよ。なら出発する前日に時間を空けて貰っていいですか? 約束ですよ?」


 僕は嬉しそうなニアの笑顔を見ながら頷いた。

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