第41話 生贄

 四階から新たに出る魔物はマジカルスパイダー。魔法を使ってくる厄介な敵だ。

 特にソードスパイダーと同時に遭遇すると、連携してきて戦闘の難易度が跳ね上がる。前衛と後衛という立ち位置でパーティーとしてのバランスが良くなるからだ。

 またそこには冒険者側の事情もある。

 冒険者の多くは近接武器で戦う者がどうしても多くなってしまう。遠距離攻撃出来る者は六人のパーティーに二人いれば多いと言われるほどだ。それこそ六人全員が近接戦闘の人間というのも珍しくない。

 ただ今回は事情が違う。遠距離攻撃の出来る騎士は多いし、何よりもエイルの腕が光った。

 その正確無比の一撃は、マジカルスパイダーを次々と倒していく。

 ただその分負担も多く、大量の矢を消費していた。


「さて、ここからが管理区画になる」


 レオンが通路を左に曲がる。

 その後を追うと視界が広がり、そこは大きな部屋になっていた。

 部屋の中にはいくつもの繭のようなものが立ち、あれがお目当ての素材になる。

 繭の周囲にはそれを採取する奴隷の姿と、騎士や冒険者の姿もある。

 その中の何人かは知った顔がある。ライルラスの冒険者だ。

 その人たちは僕の顔を見て驚き、動揺しているようだった。

 奴隷たちも疲れ果てているし、何処か怯えているようにも見える。

 僕はその理由を知っている。


「それであの繭はスパイダーが作っていると聞いたっすけど、どうやってあんなに大きくなるんすか?」

「説明は難しいな……見た方が早い。おい」


 レオンは近くにいる騎士に声をかけると、その騎士は近くにいた奴隷の腕を掴んだ。

 腕を掴まれた奴隷は悲鳴を上げて恐怖にその顔を歪めた。

 いやいやと顔を振って抵抗を見せるけど、突然顔を歪めるとぐったりとした。

 たぶん、逆らったからだ。

 奴隷たちは逆らうとペナルティーを受ける。それが機能したんだ。

 抵抗がなくなった奴隷は引き摺られ、その体を繭に押し付けられた。

 奴隷は顔を上げ、視線を彷徨わせた。

 その視線が僕とぶつかる。助けを求めるように瞳が揺れていた。

 隣で息を呑む声が聞こえた。

 奴隷の体が繭の中にゆっくりと消えていく。

 奴隷は騎士に手を伸ばすが空を切った。

 そして……奴隷の体は完全に消えた。


「い、今のは⁉」


 ラルクが声を震わせて尋ねた。


「見ての通りだ。良質の素材を回収するには栄養が必要なんだ。試して一番良かったのはやはり魔石だが、人間もいいみたいでね。ただ魔石は色々な用途があるから高額だろう? ゴブリンなどの弱い魔石では意味がないようだし、ダンジョン内に出る魔物の魔石も何故か効果がない。そうなると一番いいのは人間になるんだ」


 レオンは悪びれた様子も見せずに淡々と説明する。


「さすがに罪なき者にはそんなことはしない。もっとも近頃は奴隷不足で困っているんだがね」

「狂っている……」


 それにセシリアは怒気を孕んだ声を上げる。


「領内の者たちの生活を良くするのは大変なんだ。領主様も苦渋の選択をしているんだよ」


 レオンはそう言うがそれは嘘だ。

 全ては領主が、それを知る一部の人間が贅沢をするためにしているだけだ。


「何故、今それを私たちに話す?」

「セシリア殿。君の想像通りさ」


 いつの間に囲まれている!

 レオンは奴隷を繭の中に放り込み、また説明で意識を誘導して時間を稼いでいたのか。


「無駄な抵抗はしないで欲しいな。生きた人間の方が……良質の栄養になるからな」


 レオンの言葉に騎士たちが武器を構える。

 その場にいたナーフの街からきた冒険者たちもそれに従う。

 ライルラスの街の冒険者はさすがに戸惑っていた。


「貴様らもこのことを知っていただろ! 今更抜け出せると思うな!」


 と、誰かに檄を飛ばされ武器を構えた。


「すまないっすー」


 武器を構えたラルクが情けない声を上げる。


「……道を開く。ハイル、エイル。フロー君とニアを逃がせ!」


 セシリアとラルクが一斉に飛び掛かった。その二人に剣使いに盾使い、ハイルの看病をしていた二人の四人が続く。


「さ、ニア様出口に向かって走ってください」

「ですが……」

「正直二人は足手まといになります。セシリアたちなら大丈夫ですよ」


 ハイルに押されて僕たちは走り出す。

 複数の足音が後を追ってくるけど振り返る余裕がない。


「ちっ、エイル援護を。フロー君、ニア様を頼んだ!」


 僕たちの後ろを走っていた二人の足音が止まって金属音が聞こえてくる。

 どうやら足止めに回ったようだ。

 確かにセシリアとハイルは強い。ラルクたちだって決して弱くない。

 けど圧倒的に不利だ。

 数の差があり過ぎる。

 量より質というように、個の力は時に数の差をものともしないけど、今回ばかりはそれが通用しない。

 少なくとも副団長の強さはセシリアに匹敵する。二人と剣を交わしたけど、どっちが強いかは僕にも正直分からない。


「! ニア、止まって」


 もう少しで管理区画から出られるというところで、僕は足を止めた。

前方から三人の騎士が姿を現したからだ。

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