第40話 正体
「はー」
大きく息を吐き出した。
今回は念のためレンタルを使ったけど、本来はあそこで糸を躱しながら突進するのが理想だ。
さっきの感覚通りなら十分出来そうな気がする。
「フロー凄いです」
「フロー君、今のは?」
喜ぶニアとは対照的に、レオンは眉を顰めて聞いてきた。鉄の剣についてだ。
「僕のギフトですよ。鉄の剣を呼び出すというだけの……」
言っている傍から地面に転がった鉄の剣が消えた。
「! もしかして君は……」
レオンは一瞬驚いたような表情を浮かべたけど、すぐに元に戻った。
たぶん、僕の正体が分かったからだろう。
僕が家を追い出されたのは他の貴族にも通達されているから、僕が既にその身分ではないことも知っているはずだ。
ナーフの領主に近しい人なら、僕の使えないギフトのことを耳にする機会もあるだろうしね。
「では先に進もうか。今日のうちに可能なら四階への階段前まで行きたい」
ダンジョンは下の階に進むほど広く、複雑になっていく。
広いのに魔物との遭遇率も上がるというおまけ付きだ。
特に今は入場規制が長いこと続いているからか、魔物が多かった。
そういえば年々収穫期の閉鎖期間が長くなっているとチェノスが言っていたような気がする。
結局四階への階段前に到着したのは、たぶん時間とすると日暮れ前ぐらいだ。お腹もちょっと空いてきたから間違いないと思う。
室内は明るいままだから今がどのぐらいの時間かが分からなくなるんだよね。
「今日はここで休んで、明日四階に行く。それでラルクが見学したいと言っていた、領主様の管理扱いとなっている素材の回収区画を見学するとしよう」
「おー、楽しみっすね」
ラルクに何故ダンジョンを見学したいのか聞いたことがあったけど、確かその時は皇国にあるダンジョンの活用法のために学びたいと言っていた。
普段の様子からは想像出来ないけど、意外と勤勉なんだと思った。
◇ チェノス視点
「行ったようだな……」
俺はフローたちがダンジョンに入って行くのを宿の二階の一室から見ていた。
同行していたのは副団長他五人の騎士に、ニアちゃんの旅の仲間の八人だ。遠目でも腕の立つ奴がいた。特にあの若い女性……間違いなく強い。
あれなら万が一副団長たちに襲われてもある程度の時間は耐えられるはず。
「しかしまさかこんなに早く準備が整うとは思わなかったな」
仲間の言葉に頷く。それは確かに思った。
俺は部屋の片隅で目を瞑っている男……ギルマスのシルバさんを見た。
報告を受けたシルバさんの行動は早かった。
王都にあるギルドの本部に連絡をして、俺を含む四階まで下りたことのある冒険者と、対人戦に長けたライルラスの警備隊の人たちを動員してその日のうちにダンジョンを目指して移動した。
しかも誰にも気づかれないように。
「シルバさん、入って行きました……」
「……まずは地上に残った騎士たちを拘束します。その後ダンジョン内を制圧、及び攻略をします」
ダンジョンの攻略……それはコアの破壊を意味する。
その言葉に息を呑む。
それはナーフ領が今まで受けていた恩恵を断ち切るということだ。
ダンジョンがなくなると冒険者にも影響は出る。
ダンジョンを目的にライルラスにきた者だっている。そういう人たちの多くは別の街に行くかもしれない。
それでもナーフの領主たちがやっていたことを考えると仕方ないとも思った。
「分かりました。行くぞ」
俺の言葉にシルバさんの話を聞いていた者たちは頷いた。
それからは早かった。騎士たちの腕は確かに侮れないけど、数で勝っていた俺たちは複数人で当たり拘束していく。
拘束した後も罵詈雑言を吐かれたが、シルバさんが一睨みしたら黙った。
その冷徹な視線は、向けられた者だけでなく周囲の者たちを震わせた。
その後何人かの見張りを残しダンジョンに入った。
シルバさんは迷うことなくダンジョンを進み、一階、二階へと下りていく。
俺たちの姿を見た冒険者たちは驚いているようだったが、俺たちはそのまま進んだ。
この辺りで戦っているのはまだ駆け出しが殆どだ。下にいる騎士たちを制圧するためにはレベルも腕も足りない。
しかし……まさかフローたちがダンジョンにくるとは思わなかった。
本来ならすぐにでも動く予定だったが、ライルラスのギルドから副団長たちがダンジョンに行くことを聞いて待っていたのだ。
ただ一つだけ分からないことがある。
何だって副団長はダンジョンにきたんだ? しかもフローたちを連れて。
まさかフローたちを始末するため?
実際フローは不正の証拠を掴んで俺たちに知らせた。それに勘付いたとか?
考え事をしていると、三階への階段が見えてきた。
そこには二人の騎士が立っている。
「何だ貴様たちは⁉」
俺たちを見た騎士は武器を構えて尋ねてきた。明らかに警戒している。
シルバさんはその声に反応することなく近付いていくと、二人の騎士を瞬く間に制圧する。
殺していない。気絶させただけだ。
雷神。それがシルバさんの冒険者時代の二つ名だ。
それはシルバさんが標的を目にも止まらない速さで倒す姿から名付けられた。
「ここからは慎重に行きますよ。副隊長。とりあえずこの二人の見張りに何人か残しておいてください。魔物が出るかもしれません。冒険者の警護は必要ですか?」
「二階なら大丈夫ですよ」
シルバさんの言葉に副隊長が指示を出す。
こうして俺たちは四人の警備隊員を残し、三階へと下りて行った。
◇◇◇
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