第35話 ハイル
「そんなことが……」
セシリアから話を聞いたレオンは、眉間に皺を寄せてため息を吐いた。
「とりえあえず街道の近くに馬車がある。そこまで移動しよう。可能なら君たちにギーグ盗賊団のアジトまで案内してもらいたいところだが……」
「私たちはこの依頼を最後にナーフを発つ予定だったんだがな……フロー君。もう少しナーフに留まることは可能か?」
「それは構いませんよ。それに僕一人でライルラスに……」
途中まで言って口を閉じた。
ニアが寂しそうな顔をしたからだ。
どちらにしろ、近い将来別れることにはなる。
それでももう少しだけ、一緒の時間を過ごしてもいいかもしれない。いや、過ごしたい。
「……フロー……? もしかして君がギーグを倒したという冒険者か?」
レオンの言葉に、他の騎士団たちの注目が僕に集まった。
その視線はまるで値踏みでもされているようで落ち着かない。
「詳しい話を聞きたいところだが、まずは街に帰ることを優先しよう」
僕たちはレオンたちに先導されて森を出ると、保護した彼女たちが乗る馬車を見送った。
終始不安そうな彼女たちだったが、僕たちが乗るだけの余裕はなかった。
それに乗れなかったのは騎士団員の一部も同じで、僕たちは彼らと共にナーフの街を目指した。
しかし……ギーグの記憶と違いレオンは礼儀正しい人だった。
ただ単に猫を被っているだけかもしれないけど。
ナーフの街に戻ってからは忙しかった。
忙しかったのは僕ではなくてラルクとエイルの二人で、彼らが岩山で見つけた拠点に騎士団を案内することになった。
ラルクに任せて大丈夫かと思ったら、
「任せるっす。フローはニアとデートでもしてるっす」
と言って揶揄ってきた。
質が悪いことにニアに聞こえる声で言ったものだから、それを耳にしたニアが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「まったく。馬鹿なことを言っていないでしっかり仕事をしろ。レオン殿。こいつが馬鹿なことを言ったら鉄拳制裁してかまわんからな」
セシリアの進言に、「そんなー」と悲し気な声が上がったが誰も相手にしなかった。
馬車で出発する一行を見送ると、その足で僕はセシリアたちの泊まる宿に案内された。
その一室で会った人を見て驚いた。
「エイルさん?」
そこには先ほど馬車に乗って出掛けたエイルがいた。
「ふふ、間違うのは仕方ない。彼はハイル。エイルの双子の兄だ」
僕の反応にセシリアが笑みを浮かべながら教えてくれた。
「挨拶が遅れました。ニア様を保護し、ここに連れてきていただき、ありがとうございました。お陰でどうにか一命を取り留めました」
どうやらニアがナーフに来るきっかけとなった負傷した人がこのハイルみたいだ。
その日は結局宿で色々な話をした。
僕はニアがライルラスでどんなことをしていたかを話し、セシリアたちはアルスフィア皇国からここまでの旅のことや、皇国がどんなところかを話してくれた。
ハイルは初耳だったのか、ニアが宿屋で働いていると聞いて大層驚いていた。
その翌日からは主に冒険者ギルドの鍛練所で体を動かすことになった。
主にハイルのリハビリのためだ。
「まさかこの年で冒険者登録をするとは思いませんでした」
基本ギルドの施設は、そのギルドに登録した者しか利用出来ないからね。
街中で武器を振り回すことは出来ないし、街の近くでも同じだ。不審者として警備隊の人が飛んでくる。
かといって街から離れると、ラルクたちが戻ってきた時にすれ違うことがあるかもしれない。
もちろんすぐには戻ってこないだろうし、宿屋の人に伝言を頼んでおけばいいのだけど、病み上がりの人を街から遠くに連れ出すのも心配だということもあった。
実際最初の頃は少し体を動かしては息を切らせていた。
「年ですかな……」
なんて冗談半分に言っていたけど、額には大粒の汗がたくさん浮かんでいた。
「ハイル、焦る必要はない。ライルラスでもまた少し滞在する予定だからな」
「……大丈夫ですか? 私のせいでただでさえ予定が遅れていて、旅費だって……」
「それは大丈夫さ。冒険者をやって稼いだからな。盗賊団アジトの発見もしたし。あと王都行は止めることにした。そっちはお金というよりも時間的な問題だな」
セシリアがきっぱり言った。
「……分かりました。迷惑をかけるかもしれませんが、慌てず回復に努めます」
それから毎日のようにハイルと剣を交えたけど、勉強になることが多かった。
体力の低下は否めないけど、それを技術でカバーしている。
必要最低限の動きで攻撃を受け止め、一瞬の隙を突いての反撃をしてくる。
その鋭さで戦いのリズムが崩されて手が止まる。
「これでもまだ全快じゃないんですか……」
「ハイルは強いだろう? 私の剣の師匠(せんせい)でもあるからな。今の状態なら後れを取ることがないが、万全の状態だと五分五分……いや、少し私の方の勝率は落ちるか?」
「ご謙遜を。セシリアは皇国でも……いえ、それよりもフロー君。君はギフト持ちではないんだよね? それなのに基礎もしっかり出来ているし、誰かから習ったことがあるのですか?」
「……昔ちょっと」
「そうか……。けど大したものだ。並大抵の努力ではこのレベルまでこられないだろうに」
ハイルの心からの賛辞は素直に嬉しかった。
「さて、もう少し付き合って貰えるかな? 代わりに私が教えられることは教えるとしよう」
その申し出は僕としても嬉しかった。
「そのペンダントは大事なものなんですか?」
そんなある日、ハイルが休憩中にペンダントを手に持ち眺めていることがあった。
その優し気な眼差しが印象的で尋ねたら、
「ええ、大事な宝物です」
とハイルは答えて懐に仕舞っていた。
結局僕はライルたちが戻ってくるその日まで、毎日ハイルと戦い色々なことを学んだ。
なんかハイルのリハビリというよりも、僕に稽古をつけてくれているように感じたのは気のせいだろうか?
僕はハイルと別れて宿に戻ると、アジトで見つけた手帳を読んだ。
乱雑な字で全て読み切るのはちょっと大変だったけど、領主のしてきたことが事細かに書かれていた。
問題はこれをどうすればいいかだ……通報するにもナーフ領では難しい。
それは他の領地でも同じかも……。
そもそも一般人が領主に面会することは難しいし、父上から聞いたナーフの領主、マグリノのことを思い出した。
マグリノは街を発展させた手腕の他、国内の領主との関係も良好だ。
食料難など困ったことがあると救いの手を差し伸べていたからだ。
八方塞がりだ。
下手に動くと証拠を握りつぶされて、消される危険がある。
ギーグも証拠を集めたけど、その使い道がなく、下手に動くと危険だと判断してそのままになったのかもしれない。
それで結局足を引っ張ることを選んで、領主の息のかかった商人たちを積極的に襲っていたみたいだしね。
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