第33話 アジト

 岩山の洞穴を僕が目視出来たのは、あと少しで日が暮れるというところだった。


「移動中では分かりにくかったかもだが、何か洞穴に動きがあったか? 何かが出入りしていたとか」

「それはなかった、と思います」


 エイルの言葉は慎重だ。

 常に見続けて歩いていたわけではないと思うから、そこは仕方ないと思う。


「そうか……少し離れた場所で野営をするぞ。火は目立つから使うな。各自寒さに備えろ」


 セシリアもその辺は分かっているようだ。

 その日は洞穴から死角になる場所を選び、そこで休むことになった。

 地面がゴツゴツして硬いから休むのに不慣れなニアは辛そうだった。僕に出来るのは余ったシーツや衣類を下に敷いてやることだけだった。

 僕が冒険者になりたての頃は、普通の地面でも辛かったからね。

 それが半年も経つと気にならなくなった。慣れとは恐ろしいものだよね。起きた時に体が凝り固まるのは今も変わらないけど。

 僕はぬるくなったスープに黒パンを浸すと、それを頬張った。

 元々夜は火を使わないことを話し合っていたから、昼食時に夜用のスープも作って保温用の容器に入れておいたのだ。

 日が暮れて気温が下がっているから、温くても身に染みる。

 その日も交代で見張りをし、翌朝洞穴の探索をした。

 洞穴といったけど、実際近くで見ると入口は大きく、暗くて奥は見通せない。

 松明に火を点けて奥に進むと、明らかに人の手が入っているものが目に入った。

 まずは壁に埋め込まれた拳大ほどの灯り石。これは暗闇で仄かに光る性質のあるもので、表面を見るとしっかり加工されている。他にも足元。大きな突起物がなく歩きやすくなっていて、注意して調べると表面に削ったようなあとがある。


「警戒を。背後にも気を付けろ」


 セシリアの小さいが鋭い声が飛ぶ。その声音から緊張していることが分かった。

 歩く速度が抑えられ、息を顰めながら進む。

 途中にいくつもの横穴があり、倉庫として使われていたのか物が置かれている。


「間違いなく、誰かが生活していた痕跡があるな」


 さらに進むと居住区となっていた場所もある。木で組まれた二段ベッドが並び、綺麗なシーツがかけられている。

 そんな部屋が複数あったが人の気配は全くない。

 ここまでくると僕はここがギーグ盗賊団の拠点であることを確信した。

 ギーグの記憶と一致するものがいくつもあったからだ。

 それなら……僕はある小部屋に入った時に壁を調べた。

 ニアたちの目を気にしながら、不自然にならないように注意しながら。


「あっ」


 僕は驚いた様子を見せてその場から離れた。


「フロー、どうしたんですか?」


 近付いてくるニアの目の前で、静かに壁が動く。


「壁を触っていたら変な音がして……」


 僕は一度ニアの顔を見て、ゆっくりと視線を新たに出来た入り口に移した。


「隠し部屋か……他にあるかもしれないな。ラルク、フロー君とニアと一緒に調査をしてくれ。私たちは他を調べる」

「任せるっす。ささ、二人とも行くっすよ」


 ラルクは軽い調子で隠し部屋の中に入って行くけど、手には短剣を携えて警戒を怠っていない。

 足を踏み入れること三分。歩いた感じ緩やかに下っていた。

 下った先にあったのは小さな部屋だった。


「おー、お宝の匂いがするっす!」


 部屋の中はラルクの言う通り色々な物があった。

 棚には……魔道具も並んでいる。


【剛力の腕輪】【疾風の腕輪】【身代わりの腕輪】【火炎(ほのお)の剣】【茨の槍】【業火の杖】【疾風(はやて)の杖】【魔導コンロ】【魔法のテント】【マジックポーチ】……等々。


 目にした瞬間頭の中に音が響いた。レンタルのリストを確認すると、呼び出すのに必要なポイントの数値が減っているものがいくつかあった。

 魔道具は強力なものが多い反面、レンタルポイントが高くて使いどころが難しいけど、こうして必要ポイントが減ってくれると嬉しい。

 特に珍しい魔道具は本で登録は出来るけど、店に並ばないものも多いから目視での登録が出来ていないものが多い。王都にある大きな店に行けば違うかもだけど、その確認だけで王都に行くと乗合馬車の代金だけで結構な額になる。徒歩だと道中の食費とかもあるし決して安くない。

 それに一番は、王都に行っても望みの魔道具があるかは分からない点だ。

 ただレンタルは時間制限があるから、魔法の杖などの使い捨てでしか使えないことが多いけど。

 そこまで考えて、ふとベネーナとの戦闘を思い出した。

 斬撃が効きにくくても、魔法の杖などの魔道具を使っていたら倒せた。威力が強過ぎて素材は駄目になるかもだけど。

 ただ誰か他の人がいるところで使うのは、難しいことも分かっている。

 本来の魔法の杖は、魔法の回数制限こそあるけど、魔力を充填することで再利用することが出来る物だ。

 そのため魔法を撃ち切ったあとに杖を破壊する真似はしない。

 杖を暴走させる攻撃方法は、ある意味追い詰められた時に使う最後の手段だからね。

 そういうこともあって使いどころが難しく、僕はレンタルで本当に出来ることを誰にも話していない。

 自分で使っていて分かる。これは規格外の力だって。

 それこそ大量のポイントや使用制限はあるけど、希少価値の高い、伝説級の回復薬だって何度だって呼び出すことが出来る。

 そのことを知られたら間違いなく利用しようとする人たちは現れる。

 それこそ僕を見捨てた全ての人たちが、掌を返して懐柔しようとしてくるかもしれない。

 僕がまだ貴族のままなら、それを駆け引きの材料として領民のため、領地発展のために使ったかもしれないけど、今の僕にはそんな気はない。

 あんな奴らのために……それが僕の本音だ。

 けど可能なら……本当は……いや、今は考えるのを止めよう。

 過ぎ去った時間は戻らないのだから。

 僕は棚や壺など色々と探している振りをしながら、ギーグの記憶にあった、二重底になっている壺に隠された黒色の一冊のノートを掴み、マジックリングへと素早く回収した。

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