第26話 ゴブリン討伐

 目的の洞窟は森を抜けた先の岩山にあった。

 見張りはいないが、洞窟らしき洞穴を行き来するゴブリンの姿を目撃したからここで間違いないだろう。

 村長からは他に洞窟があるという話も聞いていない。


「それでは使います」


 ゴブリンがいないタイミングで洞窟に近付き、レンタルで誘導香を呼び出すと窪地に隠すように置いて早速使用した。

 窪地に置いたのはセシリアたちから死角になるように。誘導香が消えるのを目撃されるのを回避するためだ。

 わざと見つかって洞窟からゴブリンが出てくるのを待てば、ポイントを消費することなく討伐出来るかもしれないけどその方法は選ばなかった。

 ゴブリンは戦闘力こそ魔物の中では弱いが狡賢い。

 そのため夜がくるまで洞窟に立て籠もるという手段を取るかもしれない。 

 魔物は昼よりも夜の方が凶暴になり、夜目が効くからだ。

 ただ一番の懸念は、やはり正確な数が分からないというところだ。

 数が多いと群れを率いるボスが生まれている時がある。

 百を超すと高確率で、五十前後でも稀にボスの存在は確認されている。

 ボスは上位種に進化している場合が多く、それに率いられると厄介なのだ。

個体としても強くなっているしね。

 たださすがにキングクラスが生まれるだけの数はいないと思うけど、経験値的には上位種がいると嬉しい。

 そのような考えが浮かんだのはセシリアの存在が大きかったかもしれない。

 煙が立ち込めて、洞窟の中に吸い込まれるように流れていく。

 一分も待たずに唸り声を上げたゴブリンが姿を現した。

 ゴブリンは僕たちを認めると、棍棒を振り上げて襲い掛かってきた。

 数は二体。僕とニアがそれぞれ戦った。

 なんの捻りもない突進に、僕は攻撃される前に鋭い一撃のもと斬り伏せた。

 視線だけでニアを見ると、彼女も間合いの優位を生かして一突きで倒していた。

 ゴブリンが倒れると、ニアの肩に乗っていたププルが飛び降り死体を呑み込んでいく。

 ププルのことをセシリアは知っていた。

 ラルクは知らなかったのか驚いていたけど、


「問題ない」


 というセシリアの一言で静かになった。

 ププルは頭が良く、ゴブリンの討伐部位と魔石を残して消化する。

 これはニアが教えることで出来るようになった。

 そのため僕たちは戦うことに専念出来る。

 誘導香を使って洞窟の入口で戦うことを決めたのには、ププルの存在もあった。

 死体が残ったままだと邪魔になり、戦いに支障が出る。

 それがなくなるだけで負担が違う。

 足場は戦う上で重要な要素の一つになる。

 特に近接戦闘者にとっては生命線にもなり得る。

 常に良好な場所で戦えないのが冒険者だけど、それでもいいに越したことはない。




 誘導香を使って二十分が経過した。

 既に誘導香は消えているけど、ゴブリンはワラワラと次から次へと洞窟から出てきていた。

 僕も途中までは数を数えていたけど、今は何体倒したか分からなくなっていた。

 そろそろ終わりだと思うけど……。


「ニア、疲れたなら下がって」


 乱れた息遣いが僕の方まで聞こえてくる。

 けどニアは汗を拭うと、


「も、もう少し頑張ります」


 と言って槍を構えた。

 セシリアの方をチラリと見たけど、動く気配はない。

 まだ大丈夫だということだろうか?

 それとももっとニアに経験を積ませようとしているのだろうか?

 あれだけ優しく、その接し方に過保護なところがあると思っていたのに、意外と厳しい一面があるんだな。

 ……けど心配だ。

 ならニアの負担を減らすため僕が頑張るしかない。

 僕は大きく息を吐くと体から力を抜く。

 剣を軽く握って洞窟へと視線を向けて集中する。

 目だけでなく耳も澄ませる。

 小さな音が聞こえる。足音だ。

 それが近付いてくる。

 足音は微妙に違う。聞き分けることで次に出てくる数をある程度予想する。

 数は……四体。

 そして出てきたのは予想通り四体のゴブリン。

 洞窟から飛び出てきた瞬間前に出る。

 踏み込んで一閃。

 崩れ落ちるゴブリンの後ろから次の一体が前に出た。鈍器を手に持ち振り上げている。

 それが振り下ろされる前に返す刀で斬り伏せた。

 さらに一歩踏み込み横に並んだ二体のゴブリンに向かって剣を振り抜けば、ゴブリンはゆっくりと仰向けに倒れた。

 視線を落とせば絶命したゴブリン四体が転がっている。

 僕が下がると入れ替わるようにププルがやってきて、ゴブリンの死体を呑み込んでいく。

 次に備えて耳を澄ますと……咄嗟にニアの前に立ち剣を振り抜いた。

 キンッという音を鳴らして矢を弾いた。


「ニア、下がって」


 僕の強い声にニアの足音が遠ざかっていく。

 ニアも弓矢による遠距離攻撃は危険だと理解しているから素直に従ってくれた。

 ププルもピョンピョンと跳ねながら急いで戻ってきた。

 再度矢が飛来したけど僕はそれも剣で弾き後ろに下がった。

 そして洞窟から現れたのは、盾、剣、槍、弓をそれぞれ手に持ったゴブリンだった。

 いや、その中の一体。剣を持ったゴブリンは今までのゴブリンと違って色が濃く体が一回り大きい。

 間違いない、あれは上位種だ。

 他の三体は違うけど、今まで倒してきたゴブリンと雰囲気が違う。上手く説明は出来ないけど、何となくそう感じた。


「手は必要か?」


 背後からセシリアの声が聞こえてきた。

 声質から焦った様子はない。

 きっとセシリアは、目の前のゴブリンたちを圧倒するだけの力が、自信がある。

 一声助けを求めたら、きっと瞬く間に倒してしまうだろう。

 安全を考えればセシリアに頼むのが一番だ。

 が……戦いたいと思っている自分がいる。

 冒険者になって一度だけ上位種と対峙したことがある。

 あの時に遭遇したのはウルフの上位種だったけど、逃げることしか出来なかった。

 あれはまだ冒険者になったばかりの頃で、今は冒険者として活動して経験も積んでレベルも上がっている。

 それに何より上位種は経験値が通常個体と比べると多く入る。

 ……駄目だ。冷静にならないと。

 ここにはニアもいる。

 自分勝手な行動が他の人に危険をもたらすことだってある。

 そう思ってセシリアに声をかけようとした時に、不意に右肩に重さを覚えた。

 ゴブリンから視線を外さないように顔を向けると、そこにはププルが乗っていた。


「ププル?」


 思わず声をかけるとププルがこっちを見たような気がした。


「……もしかして一緒に戦うというのか?」


 その声に、今度は体を上下に伸ばした。

 その動きがまるで頷いているように見えた。

 ププルは色々なことが出来て多才だけど、戦えるのかは分からない。

 だってスライムは魔物の中でも極めて弱い部類に入る。

 期待しないで、あくまで自分一人で戦うつもりでいこう。

 けど不思議とププルがいることで落ち着けた。

 それに危なくなったら最悪レンタルを使えばいい。

 こういう時、マジックリングの存在は大きい。色々と誤魔化しが利く。

 ただ物が残らないように、暴走攻撃で消える魔法の杖とかしか使えないけど。

 レンタルで呼び出したアイテムは、マジックリングに収納することが出来ないから。


「ププル、行くよ」


 僕は剣を構えながら、ゆっくりとゴブリンたちに向かって歩を進めた。

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