第18話 悪鬼の斧

 ギーグ盗賊団の噂について、こんな話を聞いたことがある。

 神出鬼没。いつの間にか接近を許していた。

 数少ない生き残りの証言だった。


「勘がいい奴がいるな! だけどよう!」


 スキンヘッドの男が手に持つ斧を掲げると、男の周囲にいる盗賊たちが怒声を上げた。

 その数は今まで襲ってきた人数に比べると少ないけど、一つ一つの動作から只者でないことが分かった。

 何より警備隊の人たちよりは数が多い。

 僕は逸る気持ちを抑えて襲い掛かってきた盗賊の一人を斬り捨てると、近くに敵がいないのを確認するとニアのもとに急いだ。

 足裏に力を籠めて踏み出すと、まるで自分のものではないように体が軽い。

 戦闘で気が昂っているから?

 そのお陰で予想よりも速く駆けつけることが出来たけど、既に戦闘は始まっている。

 それでも副隊長の指揮の下、盗賊の攻撃を巧みに防いでいる。冒険者と比べて盾持ちが多かったというのもあるだろう。

 僕が横合いから攻撃を仕掛けると、死角からの不意打ちということもあって一撃で仕留めることが出来た。

 拮抗しているところに突然現れた僕の存在は、少なからず動揺を与え混乱させたはずだ。

 ただその混乱も、一人の男の参戦で瞬く間に納まった。

 盗賊団の頭領ギーグ。

 彼が遅れたのは、彼に戦いを挑んだ者たちがいたからだ。

 チェノスたちと肩を並べる古参で、その腕は確かな人たちだ。

 だけど彼らの姿はそこにはなく、ギーグが現れた向こう側に倒れた人の姿が見えるだけだった。

 ギーグは部下の盗賊を押しのけるように乱戦の中に入り、手に持つ斧を振り下ろした。

 その一撃を正面から盾で受けた警備隊の者は、力負けして吹き飛んだ。


「くっ、下がれ。奴の相手は俺がする」


 守備に出来た穴は副隊長がすかさず埋めたけど、ギーグの勢いを殺すことは出来ない。

 ギーグの攻撃は一見すると荒々しいように見えるけど、見る者が見たらその攻撃が繊細にコントロールされていることが分かる。

 腐っても領主直属の騎士団に所属していたという肩書は嘘ではないということだろう。そもそもその追っ手を殺すほどの腕だ。弱いわけがない。

 援護したいけど僕が間に入ると邪魔になりそうだ。

 それは他の人たちも同じ意見だったようで、警備隊の者も盗賊たちも徐々に二人から離れていく。

 この時副隊長に変わって指揮を執った人の機転で、二人から離れると同時にチェノスたちの方に移動していった。

 しかし盗賊の中にも頭が働く者はいるようで、それを阻止しようと弱点である調査員とニアを執拗に狙ってきた。

 そんななか僕は一心不乱に剣を振るった。

 ニアのことは心配だし、遠距離攻撃で執拗に狙ってくる輩がいるから危険にも晒されている。

 それでも警備隊の人たちが体を張って守ってくれているから、それを信じて敵の数を減らすことに専念する。

 警備隊の人たちは口では守ってやれないなんて言っていたのに……。

 僕は唇を噛みしめて、さらに戦いに集中する。

 無駄な動きをそぎ落とし、斬る、斬る、斬る。

 悲鳴と血飛沫が上がり、一人、二人と目の前で倒れていく。

 倒せば倒すほど体が軽くなり、自分の斬撃が鋭く威力が上がっていく実感があった。

 気付けば周囲は静かになっていて、追加で出現した盗賊たちはギーグを除き皆地に伏していた。

 これで一先ず脅威の排除が出来たと乱れた息を整えようとして、僕は身を反らしてそれを躱した。

 飛んできた物は人の頭ほどの大きさのある石だった。


「勘がいい奴だ。しかし……まさかこんな若造に俺の部下がやられるとはな」


 そこに立っていたのはギーグ。

 副隊長はギーグから離れた位置で倒れている。生死はここからだと判断出来ない。

 副隊長と手合わせをしたことはないけど、チェノスから自分と肩を並べるほどの手練れだという話を聞いたことがある。主に酒の席でだけど。


「ま、仕方ねえ。ここまで被害が広がったのは予想外だったが……今回は俺の見通しが甘かったってわけだ。だが、ここで退くわけにはいかねえ、な!」


 ギーグが向かってくる。

 どうやら次の標的に選ばれたのは僕のようだ。

 ここまで被害が出たら仲間を置いて退くかと思ったが違うみたいだ。意外だ。

 一足飛びに間合いを詰めてきたギーグは、大胆に斧を振り上げる。

 黒に染まった刃からは、圧倒的な存在感を覚えた。

 それを認識した瞬間、頭に響く音があった。

 それが何かを確認する前に、斧は振り下ろされた。

 僕は剣で受け止めようとしたけど、すぐにそれを止めて飛び退く選択を選んだ。

 体の真横を斧が通り抜けると、追って強い風を感じた。


「ほう、悪くない選択だ」


 ギーグのその余裕の態度から、僕に負けるとは微塵も思っていないことが伝わってくる。

 ただ決して僕を侮っているわけではないようだ。

 注意深く僕の一挙手一投足を観察しているのがその瞳の動きから分かる。

 僕もそんなギーグに警戒しながら、頭の中でレンタルを呼び出してリストを確認した。


NEW

【悪鬼の斧 6500P】


 やはり新しいアイテムが追加されていた。

 悪鬼の斧?

 僕は剣を構えながらギーグの手元に注目する。

 刃の部分が黒い以外は、特にこれといった特徴があるとは思えない。

 けど僕は知っている。

 稀にだけど武器に名前が付くことを。

 ……本で得た知識だけど、見るのは初めてだ。

 【鑑定】というギフトを授かった人が記した本にそのことが書いてあった。

 何故その武器に名前が付いたのか、その謎は解明されることはなかったみたいだけど。

 ただ一つだけ分かっているのは、名前付きの武器は元の武器よりも性能が上で強力だということだ。

 一応僕の使っているこの剣も悪くないけど、さすがに名前付きと比べると見劣りする。

 何より呼び出すためのポイントがそれを証明している。

 6500Pとなると今の僕には……無理だと思って取得ポイントを確認したら、いつの間にか7802P貯まっていた。

 何故かは分からないけど、それを考えている時間はない。正確にはその余裕がない。

 僕は一歩踏み出すと討って出た。

 守っているだけでは勝てない。

 時間を稼げばチェノスたちが援護にきてくれるかもしれないけど、先ほどチラリと見たけどそれは難しいと思った。

 理由は簡単だ。

 冒険者は魔物と戦うのが本業だし、人型の魔物……ゴブリンやオークと戦うことはあるけど、人と戦う時のような駆け引きは殆どない。

 ギルドで模擬戦をすることはあるけど、どちらかというと体を鈍らせないためにやる人の方が圧倒的に多い。

 冒険者の中にも対人戦を専門にする人はいるけど、残念ながら今この場にはいない。

 チェノスたちのパーティー以外は、パッと見たところ守るのが精一杯といった感じだった。

 それだけギーグ盗賊団の盗賊たちの対人戦のレベルが高いということなんだろう。

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