第13話 休日

「ニア、今日は仕事を休みなさい」

「え、あの、何か失敗してしまいましたか?」


 朝食の席でメリッサの言葉を聞いたニアは、狼狽えた。


「違う、違う。今日はフローが休みって聞いてね。ただ一人だとゆっくり休むか心配でね。それでニアにフローの面倒を見てほしいのよ。それと折角だから街を案内して貰うといいよ」


 なんか僕と話す時と口調が違う。

 ジニーと話す時のような気安さがある。


「いいなー、私も行きたい!」

「あんたは今日、料理の練習をする約束だったでしょう?」


 ということで今日はニアと二人でライルラスの街を回ることになった。

 一応ニアもジニーと一緒に街中を散策したことがあるけど、基本的に宿近辺で遠くまでは行ったことがないらしい。


「ニアは何処か行きたいところある?」

「……あの中央にある鐘楼に行ってみたいです。ジニーちゃんからあそこは上れるって聞きました」


 ニアの視線を追うとライルラス名物の鐘楼がある。

 あれは朝、昼、晩とそれぞれ鐘を鳴らして時間を教えてくれる。

 その音はライルラスの街全体に響き渡る。

 また緊急時にも鳴らす取り決めがされているとのことだけど、今のところそれ目的で使われたことはない。少なくとも僕がこの街に来てからは。

 僕も初めてこの街にきた時はあの立派な鐘楼を見上げたものだ。

 またこの鐘楼の鐘は魔道具で、その音は何処で聞いても音量が変わらない。

 だから鐘楼に近いから五月蠅うるさいということもないのだ。

 ちなみにこの鐘楼はライルラスの街が出来た当初からあるなんて話も聞いた。

 その不思議な効果に現在のナーフの領主は自分の住むナーフの街に鐘楼の鐘を移そうとしたそうだけど、住人の反対諸々の理由で諦めたそうだ。


「なら少し時間を潰してから行こうか? 他にも行きたいところあるでしょう?」


 僕の言葉に不思議そうに首を傾げたニアだったけど、他にも行きたいところがあるようで希望を言ってきた。

 お店の仕事をしている最中に、色々な人が教えてくれたそうだ。

 僕は太陽の高さを確認しながらニアの案内を続けた。

 僕が何度も太陽を見るため顔を上げるから、


「どうしたの?」


 と不思議そうに聞かれてしまった。

 僕は「何でもないよ」と答えながら、時間をかけて鐘楼までやってきた。

 鐘楼を前にしたニアは……特に驚いているようには見えなかった。

 僕なんて初めてここに立った時は圧倒的な大きさと高さに驚いたものだけど、ニアはアルスフィア皇国から旅をしてきたという話だし、旅の途中でこういう建造物は見慣れているのかもしれない。

 僕の故郷であるヴァーハルト領では、こういう大きなものは見たことがなかったんだよね。国境線の砦に行けば物見の塔とかあったかもだけど。

 それに比べてミレアの住むサンクトス領には、色々な建造物があることを子供の時に聞いたことがある。聞いたというよりも、自慢げに話してきた。

 僕は思い出に浸りそうになって頭を振った。

 ニアと一緒にいるのに他のこと……ミレアのことを考えるなんて失礼だよね。

 これはメリッサをはじめとした、ご近所の奥様方の言葉だ。


「それじゃそろそろだし。行こう!」


 僕はニアの手を取ると、ちょっと強引に鐘楼の中に入っていった。

 鐘楼の一階部分は大きな部屋になっていて、奥の通路の先から鐘楼に登れる螺旋階段がある。

 鐘楼は外から見るとレンガを積み重ねて作られているけど、その内側は金属板が壁に埋め込まれている。


「結構段数があるけど、頑張って行こうか」

「あ、あの……」


 振り返り声をかけたところで、ニアが頬を染めて恥ずかしそうにしていることに気付いた。

 その理由はニアがチラチラと向ける視線の先を追って理解した。


「あ、いや、ごめん」


 僕は慌てて手を離して謝罪した。

 急いでいたとはいえ、ニアからしたらいい迷惑だったかもしれない。

 その時だった。

 鐘楼の鐘が鳴り響いた。

 それは普段聞いている音とは全く違う。

 単純な鐘の音ではなく、ここで聞く音はまるで別物だ。

旋律が流れ、一つの音楽に聞こえる。

 ニアもこれには驚いたのか、目を大きく見開いている。

 けど驚くのはこれだけではない。

 鐘楼の天井はガラス張りになっていて、太陽の光が鐘に注がれる。

 鐘はその光を集めると、どういう原理になっているかは謎だけど、鐘は左右に振れながら光を鐘楼内に放つ。

 その光は壁の金属版に反射してキラキラと輝き、薄暗い室内に淡い光を浮かび上がらせた。


「……綺麗……」


 ニアはウットリしたようにその幻想的な光景を眺めている。

 その横顔に心臓が一つ跳ねたような気がしたけど、僕は一つ息を吐くと声をかけた。


「それじゃニア、上に行こうか?」


 僕の言葉に無言で頷いたニアと、僕は並んで螺旋階段を上って行く。

 そしてその途中で鐘は動きを止めると、鐘楼内を照らしていた光も徐々に弱くなっていき、やがて元の薄暗い状態に戻ったのだった。

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