第10話 帰還
その姿を見て驚いたけど、僕が近寄るとニアがふと顔を上げた。
白い肌は赤みを帯びていて、吐く息に熱が籠っていた。
それを見て察した。
「レベルが上がったの、かな?」
「……はい」
ニアの返答を聞いてやはりと思った。
これはレベルが上がった時に見られる症状だ。
個人差があるため、このような反応が起こる人ばかりではない。
僕の場合はむしろ無反応だから、レベルが上がったのに気付かないことの方が多かった。
だから魔物との戦闘が終わったら、こまめに確認しているわけだけど。案の定今回もレベルアップはしてない。
しばらく待っていると落ち着いたのか、赤みを帯びていた肌も元の色に戻っていた。
「もう少し休憩しようか?」
「大丈夫です」
無理をしているようには見えないし、進むことにした。
その後は特に魔物と遭遇することもなく、またニアのレベルが上がったからか、それとも森の歩き方に慣れたのかは分からないけど、予定よりも早く森を抜けることが出来た。
あとは街道を進んでいけばライルラスの街に到着出来る。
これなら今日は野宿しないで済みそうだ。
ただもう日が落ちかけているから急ぐ必要はある。
整備された道は歩きやすいようで、さらに進む速度が上がった。
「一つ確認したいんだけど。他の街ではププルはどうしていたの?」
ライルラスの防壁が見えてきた時に、ふと気になってニアに尋ねた。
名前が出たからか、フードに収まっていたププルが顔を出した。
「あ、そうですね。街の中では……説明が難しいのですが、別の世界に行って貰っていました」
「別の世界?」
「はい、ププル。そろそろ街ですからいいですか?」
ニアの呼びかけに、ププルは名残惜しそうにニアの頬にす擦り寄ると、地面に飛び降りて鞄を吐き出した。
「これは?」
「別の世界にはこちらの物は持ち込めないみたいなのです」
ニアの説明に、
『その通り~』
とでも言いたいのか、ププルはコクコクと身をくねらせている。
一先ず鞄は僕の方で預かることにした。
マジックリングに入れておけば荷物にならないからね。
「それじゃププル。またね」
ニアは膝を突き、両手で何かを受け止めるような形を作ると、掌の上に黒い球体が出現した。
ププルは躊躇することなくその黒い球体に跳び込むと、やがてその球体が消えた。
「……そこに入ったら、僕も別の世界に行けたりするのかな?」
ふと気になり聞いてみたら、
「無理だと思います」
とのことだった。
「おう、フローじゃないか。メリッサさんが心配していたぞ。って……」
顔馴染みの門番がいつもと変わらぬ口調で話しかけてきたけど、その言葉が途中で止まった。
視線がニアへと注がれているのが、近くにいる僕には分かった。
「おい、どういうことだ。お前ウルフを狩りに行くって言ってたよな?」
首に手を回されて、耳元に口を近付けて内緒話をするみたいに言ってきた。
とりあえず僕は門番を引き剥がすと、ことの経緯を説明した。
「そ、そうか。大変だったな。それと良かったな。助かって」
「は、はい」
「それと疲れてるところすまないが、詳しい話を聞かせて貰っていいか? 近頃盗賊の動きが活発だって話を聞くしな」
「はい、分かりました」
ニアが取り出した身分証を確認しながら、門番が頼んでいた。
僕は時間がかかるようなら一度冒険者ギルドに行きたいと伝えたら、ニアは不安そうにこちらを見てきた。
「ウルフの納品をしてくるだけだよ。それが終わったら迎えにくるから。それに顔は怖そうだけど、ここの人たちは優しいから大丈夫だよ」
「顔が怖いは余計だ!」
僕と門番のそんなやり取りを見たニアは、可笑しそうにクスクスと笑った。
「それじゃ行ってくるよ」
僕は後のことは門番に任せて、冒険者ギルド目指して駆け出した。
夜の街を走ると、声をかけてくる人たちがいた。
一年近くも住んでいれば、それなりに交友関係は広がった。
特に街の入場口から冒険者ギルドへの通り道なんて、何百往復しているわけだし。
自己最速記録を更新したんじゃないかというほどの速度で到着した冒険者ギルドの前で、僕は何度も深呼吸をして息を整えた。
扉を開けて中に入れば、喧噪が聞こえてきた。
ギルドに併設された酒場では、依頼を終えて帰ってきた冒険者の多くが今日も集まっている。
大声で武勇伝を語る人もいれば、静かに料理を味わっている人もいる。テーブルに突っ伏して酔い潰れている姿もある。まだ夜は始まったばかりだよね? いつから飲んでいたんだ?
僕はその様子を横目にしながら、受付に急いだ。
空いた場所に滑り込むと、そこにはシエラがいた。
「あ、フロー君。今帰ったの?」
「はい。なかなかウルフが見つからなくて、結局森の中で一晩過ごすことになりました」
「……大丈夫だったの?」
「ええ、お陰様でしっかり狩ることが出来ました。えっと、ウルフを九体と、薬草の納品です」
僕が伝えると、
「そんなに狩ったの? 大丈夫だった?」
とシエラは心配そうに僕の体を見てきた。
「大丈夫ですよ。最初なかなか見つからなくて奥の方まで行って、帰る途中に何度か遭遇したから数が増えただけですから」
本当は違うけど、ここは心配させないために嘘をついた。
十一体のウルフに一人で挑んだとはさすがに言えない。余計な心配をかけるだけだし。
「それと解体はしていないから、そのままの納品になります」
シエラはそれを聞くと、
「分かったわ。それと魔石とお肉の方はどうするの?」
と聞いてきた。
「魔石は既に回収してあるので、肉はいつも通りお願いします」
帰る途中で狩った三体のウルフの魔石も全て回収してある。
これもレベル上げのために使う予定だ。レンタルの取得ポイントも増えるしね。
それとウルフの肉はメリッサへのお土産に一体分を持って帰ることにした。予定よりも早く帰ってくることが出来たからまだ痛んでいない。
ソロでウルフを狩った場合は、これがお決まりのコースだ。
僕は解体費用を引いた分の報酬を受け取ると、肉の交換用の札を受け取って急いでニアのもとに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます