第8話 スライム??

 目の前では頬を赤く染めたニアがいる。

 焚火の爆ぜる音に混じって聞こえた可愛らしい音が原因だろう。

 自分のお腹から響くから、当人には意外と大きく聞こえるんだよね、あれ。僕のところまでかすかに聞こえたほどだから、きっとね。

 最初は僕も緊張していたけど、ニアと話していくうちにどうにか落ち着くことが出来た。

 僕はマジックリングから材料と鍋を取り出すと、手早く料理した。

 料理なんていっても手の込んだものではなく、少し味の濃いただのスープだ。

 本来なら黒パンを浸して食べる用だから、水を多めに注いで味を調える。

 黒パンは一般的なパンで硬いのが特徴で、日持ちがする。あと安い。

 王侯貴族や裕福な人が食べるのは白パンで、柔らかくてふっくらしている。美味しいけど高く、日持ちがしないから持ち運びには不向きだ。


「熱いから気を付けて」


 僕が差し出すとニアはコクリと頷いてそれを受け取ると、フーフーと小さな口で息を吹きかけながらゆっくり飲んでいた。


「……美味しいです」


 お世辞でもその一言はちょっと嬉しい。

 狩りに出掛けた先で少しでも美味しいものを食べられるようにと、メリッサに料理の仕方を教わった甲斐があったというものだ。

 しかし……。

 僕は緩む頬を引き締めて考える。

 ニアをどうするかという問題だ。

 ニアには一緒に旅をしていた仲間がいるという話だから、その人たちと合流するのが一番いいと思う。

 次の目的地が王都リュゲルだという話だから王都を目指すか、それともヴァルハイト公国に行くには、ここナーフ領のライルラスの街は通り道だからここで待つかの二つの選択肢がある。

 それはあくまで、盗賊に襲われたというニアの仲間が無事だった場合だ。

 アルスフィア皇国はリュゲル王国から北東に、ヴァルハイト公国は南西に位置する。

 皇国から公国を目指すならリュゲル王国を通って行くのが最短ルートになる。

 リュゲル王国はその二つの国以外にも、他にヘルシャ帝国とストゥルス共和国、大河を挟むがアルキミア魔導帝国の三つの国に囲まれている。

 しかしアルスフィア皇国にヴァルハイト公国か……。

 五英雄の逸話が残る国としても有名だし、一度は行ってみたいと思っている国だ。

 貴族としての縛りがなくなった今ならそれは可能だけど、すぐには無理かな。


「ニアはその、何かあった場合の連絡手段とかは決めてあるの?」

「……はい。決めていました」

「ここからだとライルラスの街が一番近いんだけど、そこからでも連絡は出来そう?」

「はい、それは大丈夫だと思います」


 はっきりと頷くニアを見て、とりあえず今後の方針が決まった。


 朝食を済ませてまずしたことは、マジックリングの中に入れておいた鞄をニアに渡したことだ。

 正直ニアの服装——ヒラヒラの服は森の中を歩くのに適しているように見えない。街中で見るなら似合っていて可愛らしいけど。

 あと日の下で見ると、服の破れが目立った。真っ白な肌が脳裏に刻まれたのは仕方ないと思いません? ニアもそれに気付き頬を赤く染めていた。

 靴も街道や街中などの整備された道を歩くなら問題なさそうだけど、森中だと少し不安が残る。

 その辺りは歩きやすいところを探して注意しながら進むしかないかな? 替えの靴はないみたいだし。

 ただそういうところは魔物が通ったりするから、その分遭遇する危険は増えるかもしれない。


「じゅ、準備が出来ました」


 岩陰に隠れて着替えをしていたニアが姿を現した。

 改めて見たニアは、背中まで伸びた白色に近い銀髪に、左右の瞳の色が違うオッドアイが特徴的だ。また顔立ちは整っていて、大人の女性になる一歩手前の愛くるしさがある。

 街中で見かけたら目立つし、十人に九人は視線を向けるに違いない。

 十人全員じゃないかって?

 そこは好みがあるからね。

 僕? 僕は可愛いと思うよ?


「あ、あの、変じゃないでしょうか?」


 黙っていたらニアが不安そうに聞いてきた。


「大丈夫だよ。それじゃ鞄は……」


 と言ったところで、ニアが鞄を持っていないことに気付いた。

 ニアはハッとして動揺したようだったけど、観念したのか、


「……ププル……」


 と彼女が呟くと、ローブのフードの中から例のスライムが姿を現した。


「……お友達のププルです」


 殊更お友達という言葉を強調して言ったニアは、上目遣いに僕を見てきた。

 昨夜も起きた時に、僕からあのスライム——ププルを体で隠していたし、本当は内緒にしたかったんだと思う。

 魔物と意思疎通することが出来る。

 そんな話は本の創作物でしか聞いたことがないけど、不可能ではないと思っている。

 ギフトの可能性は無限大だからだ。

 特に僕のように、世間一般どころか祝福の儀を執り行っている教会の司祭様ですら知らない未知のギフトというのは存在しているわけだから。


「そのスライムはププルっていうんだね。昨日もニアを助けるために活躍していたよ」


 僕が既にその存在を知っていて、特にププルに対して嫌悪感を示さなかったことでホッとしているのが分かった。

 逆に褒められたププルは、体を震わせてニアにすり寄っている。


「ププル、くすぐったいです。あの、これは……」

「あー、詳しい話はしなくていいよ。話せないことってのはあるだろうし。ただ誰もが受け入れるか分からないから、注意した方がいいよ」


 ププルが魔物であることに変わりはないのだから、嫌悪感を示す人はいるだろうし、狩ろうとする者もいるはずだ。

 魔物というのは人に危害を加える存在というのが、普通の認識だから。

 僕だって昨夜は見た瞬間排除しないと、と思った。


「……はい。それでププルなのですけど。ププル、お願い」


 ニアが手を差し出すと、ププルの体から鞄が出てきた。


「ププルは色々なことが出来るんです」


 ププルに目を向けると、


『凄いでしょ~』


 と主張しているみたいに元気よく跳ねている。

 ニアの体を洗浄した能力といい、多才なスライムだ。

 それともスライムという種族はこんな芸当が元々出来るのだろうか?

 ちなみにニアはププルと意思疎通が、会話がある程度出来るらしい。

 その後で話し過ぎたと思ったのか慌てた感じで、「内緒にしてください」とも言ってきたけど。

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