第4話 回復薬

 全てのウルフを討伐したことで戦闘は終了した。

 一応確認したけど、息のあるものはいない。

 とりあえずウルフの死体は左手中指に嵌めたリング型のアイテム袋に回収した。

 僕がソロで活動出来る理由の一つに、このマジックリングがある。これは家から追い出された時に、父上が内緒で持たせてくれたものだ。

 アイテム袋とは別空間にアイテムを収納出来るという機能を持っている。生きている人や魔物は無理だけど、死体なら収納可能だ。他にも予備の武器や服、消耗品も持ち運んでいる。非常食もね。

 それこそこれがあれば、身一つで何処にでも行ける。

 お陰で僕はメリッサの宿の部屋に私物は置いていない。

 収納出来る容量はアイテム袋ごとに違いがあり、たくさん収納出来るものほど値段も高くなる。

 また使用者権限の機能があり、決められた者しか使えないという特徴もある。

 これはアイテム袋を持つ者を殺して奪うという行為が昔多発したために研究され、今では殆どのアイテム袋にその機能が付いている。


「しかしウルフを誘き寄せてよかった。まさかここまで威力があるとは思ってなかったからね……」


 僕は疾風の杖の暴走攻撃によって出来たクレーターを見て思った。

 予想通りあの馬車が崖上から転落したのなら、その強度はかなりのものだと思う。

 それでもこれだけの威力を耐えられたかは分からないから、ウルフをこちらに誘き寄せてよかったと胸を撫で下ろした。

 僕は転倒した馬車の上に飛び乗ると、窓から中を覗いた。

 馬車の中には横たわる人がいた。

 ドアも変に曲がっていないから開けられるかと取っ手を掴んだら、嘘のように簡単に開いた。

 まあ、ウルフは取っ手を掴むなんて芸当は出来ないからね。

 ただドアを開けた瞬間、むせ返るような血の臭いに包まれた。


「な、んだこれは……」


 魔物の解体で血には慣れているはずなのに、その濃密な血の臭いに眩暈(めまい)を覚えた。

 密閉された車内で臭いが籠っていたというのだろうか?

 僕はグッと我慢して注意しながら馬車の中に飛び降りると、倒れている人を調べた。

 その人は女の子で、白色に近い銀髪はところどころ赤く染まっている。

 頬に赤みはなく、顔色は青白い。呼吸も浅く、注意しないと気付かないほどだった。服は血に濡れて染まっているから、何処が傷口か分からない。

 そもそも落下の衝撃でこのように血が噴き出すのか想像出来ないのだけど……。


「考えるのはあとかな?」


 僕はアイテムのリストに目を落とし、上級回復薬(ポーション)を選択した。


【上級回復薬 5000P】


 一瞬中級回復薬とどちらにするか迷ったけど、女の子の状態を見て、現在の取得ポイントで選択可能なものの中から一番効果の高いものを選んだ。

 不思議と使わないという選択肢は思い浮かばなかった。

これで無理なら僕にはもう助ける術はない。

 僕は彼女の体を支えて上体を起こすと、飲めるか心配だったけどとりあえず口から回復薬をゆっくり飲ませた。

 状態異常を治す回復薬と違い、傷を治す回復薬に関しては傷口にかけても効果はあるけど、傷口が何処か分からない時はこの方法が一番確実だ。

 ふ、服を脱がせるのもどうかと思ったし、徐々に呼吸が浅くなっているようで時間がないような気がしたからね。

 それに内臓を負傷している場合などは、飲まないと効きが悪い。


「駄目……か?」


 けどゆっくりと注いだ回復薬の液体は、飲み込まれることなく口から溢れてしまう。

 液体は首筋を伝い、襟元に消えていく。

 さらに呼吸をする間隔が心なしか長くなっていく。

 どうしたらいいか分からず、僕は本で読んだ物語の一文を思い出す。

 けどその方法は……頭に浮かんだのはかつての婚約者の顔だ。

 だけどこのまま放っておいたら……。

 僕は上級回復薬を口に含むと、少女に口付けをしようとして……喉が小さく動いた。

 僕は驚き慌てて顔を離した。

 そして気付く。少しだけど呼吸の間隔に変化が見られたのに。

 もしかしてと思い少量の上級回復欲を口に注ぐと飲んでくれた。

 上級回復薬の瓶が空になったのはそれから五分後だったけど、その頃には青白い顔に少しだけど赤みが戻っていて、呼吸も安定していた。

 ただ、意識が戻ることはなかった。

 僕は車内に鞄が一つあったからそれをマジックリングに収納すると、女の子を抱きかかえて馬車を出た。

 馬車の傍らにはウルフによって食い散らされた死体があったけど、それはそのままにした。

 最早人の原型を留めていなくて、身元を確認するためのものを回収することは不可能だと思ったからだ。

 それにさすがに肉片をマジックリングに収納する気にはなれなかったというのもある。

 一応この馬車も収納出来るか試したけど、残念ながら馬車は無理だった。


「街に戻りたいところだけど……今日は無理そうかな?」


 見上げた空は、いつの間にか薄暗くなっている。

 街を出た時間も遅かったしね。

 そもそも今日は森の奥の方まできていたから野営をする予定だったし、さすがに軽いとはいえ女の子一人背負って歩くのは大変だ。

 夜になれば魔物の活動も活発になることだし、視界の悪い中移動するのは危険だ。

 それと気になる点がもう一つあった。

 それは馬車が崖上から転落したことだ。確信はないけど間違っていないと思う。

 確かに山路は平地の街道と比べると整備はされていないけど、普通に走る分には道を踏み外すとは思えない。

 ふとシエラから聞いた盗賊の話が頭の中に浮かんだけど、それが原因なのかは不明だ。


「とりあえず休めるところを探すしかないか……」


 ここは血の臭いが強いし、臭いを嗅ぎつけて魔物が現れるかもしれない。

 それを考えると女の子を着替えさせたいところだけど……さすがに、ねえ?

 頭の中にこの近辺の地図を思い浮かべると川が近くに流れているけど、水場は魔物も利用するから危険を避けるなら近付かない方がいい。

 それに水ならマジックリングの中に数日持つだけの量が入っている。体を洗うとなるとちょっと心許ないけど。

 その日は結局森の中で野営することにして、日が暮れる前に野営に適した場所を探し出してそこで休むことにした。

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