第1話 鈍足のフロー

 ライルラスの街は、ここナーフ領でも一、二を争うほど栄えているという話をよく耳にする。

 街の大通りには人が溢れ、活気のある声が飛び交っている。商人の姿も多い。

 僕はその様子を横目で見ながら大通りを真っ直ぐ進み、一際大きな建物——冒険者ギルドの中に入っていった。

 冒険者ギルド内は朝の早い時間に比べて人の数は少なく、いつもなら長蛇の列が出来ている五つある受付も一人が冒険者の対応をしているだけで他は空いていた。


「お、これはこれは鈍足のフロー君じゃないか! こんな遅い時間にくるなんて余裕だな。それにまたパーティーを追い出されたんだって?」


 ひとまず掲示板で依頼の確認をしようと一歩踏み出したところで呼び止められた。

 声のした方に顔を向ければ、頬に大きな傷を持った中年男性——チェノスが怪しげな足取りで近付いてくるのが見えた。

 チェノスはここライルラスの冒険者ギルドで古株にあたる冒険者の一人で、その腕は誰もが認めている。信頼も厚いため、冒険者の中のまとめ役となる時もある。ここのギルドマスター——ギルマスにも頼りにされていた。

 ただ今は頬を赤く染め、吐く息が酒臭い。朝の早い時間だというのに完全に酔っ払っている。


「チェノスさん、また朝から飲んでいるんですか?」

「おいおい、チェノスだって言ってるだろ。相変わらず堅苦しい呼び方だな、フローはよ」


 何のために話しかけてきたんだといった感じで、チェノスはそれだけ言うとバシバシと背中を叩いて、ギルドに併設された酒場の方に戻っていった。

 彼の行く先にはパーティーメンバーの人たちがいて、苦笑しながら手を振っている。

 僕は頭を下げると、魔物の討伐依頼を確認するため壁に貼ってある依頼票に目を向けた。

 チェノスは口こそ悪いが、別に僕のことを嫌ってあんなことを言ってきたわけじゃないことを知っているから気にしない。

 むしろ僕に気を遣ってあんなことを言ってきたというのが分かる。

 実際僕が入った瞬間厭らしい笑みを浮かべて様子をうかがっていた冒険者が何人もいたけど、チェノスが話しかけてきた瞬間顔を逸らすのが分かった。

 ただチェノスの言った鈍足のフローというのは、僕がこのギルドで付けられた二つ名だ。

 もちろん好意的な意味ではない。

 それは僕のレベルの上がり方が皆よりもかなり遅いのが原因だった。もう何十人と、後から登録した新人たちに追い抜かれている。

 冒険者になって一年程度だと、チェノスから言わせればまだまだ僕も新人になるらしいけど。

 僕は依頼票を見ながらソロでもこなせるものを探した。

 探すなんていっても、選べるほど選択肢はない。

 ゴブリンかウルフの討伐が無難だ。レベルを上げるための経験値稼ぎには不向きだけど、それはパーティーで狩るならでソロならそれほど悪くない。

 よりお金になるのは肉や毛皮も売れるウルフだけど……受付で目撃情報を聞いてから決めるのが無難かな? 通常依頼の伝票だけで討伐依頼の伝票はないようだし。

 ちなみに通常依頼というのは受注しなくても納品出来る依頼で、討伐依頼は依頼者がいる依頼になるため報酬が出るから高くなる。

 ただ通常依頼は繁殖力の高い魔物限定で常に出ている。

 僕が受付の方に向かうと手招きする人がいた。受付嬢のシエラさんだ。オレンジ色の髪の毛はツインテールで纏められていて、瞳は鮮やかな翠色をしている。目鼻立ちがくっきりした美人さんで、受付嬢の中でも特に人気のある人だ。

 彼女は僕のギルド登録をしてくれた人で、その縁で何かと気にかけてくれている優しい人だ。

 ある意味ギルド職員の中で一番仲がいい人かもしれない。


「フロー君。その、大丈夫?」


 開口一番そんなことを言われてしまった。

 そういえば昨日パーティー契約の解除に立ち会ったのは、別の受付嬢だった。


「はい。レベルの差がついてしまったから仕方ありません。迷惑はかけられませんから」


 昨日までのパーティーメンバーたちは構わず組もうと言ってくれていたけど、レベルの上がりの遅い理由を知っている僕としてはこれ以上一緒にいたら迷惑がかかることを知っているから断った。

 一緒に組み続けたら、彼らの貴重な時間を奪うことになってしまう。


「そう、それで今日はどうしたの?」

「狩りに行こうと思って。ゴブリンとウルフの情報はありますか?」

「……一人で行くつもりなの?」


 僕が頷くと、シエラさんは心配そうな素振りを見せながらも教えてくれた。

 今の時期は新しく冒険者登録をする人がいないため、新規でパーティーを組むのが難しいのを知っているからだ。あとは依頼を受けないとお金が稼げないから、生活が苦しくなることも。

 もっとも僕はしっかり貯金はしているから、二月ぐらいなら何もしなくても一応大丈夫だ。

 話を聞く限りやっぱりウルフかな? 近くの森だし薬草採取も出来るからちょうどいい。


「それとフロー君。近頃盗賊に襲われる人が多いの。注意してね」


 そういえば二、三日前にもそんな話を聞いたような気がする。


「……シエラさんも大丈夫ですか? 何か疲れているように見えますが……」


 出発しようとして、シエラの目の下にクマがあることに気付いた。

 そういえば昨日も戻ってくる頃には受付をしているという話だったのにいなかったんだよね。


「それが聞いてよ、フロー君! ギルマスがさ……」


 その単語を聞いた瞬間、僕の後ろに並ぼうと近付いてきた冒険者が別の列に向かった。

 僕もそれを聞いた瞬間内心では「しまった⁉」と思ったし、両隣の受付嬢も苦笑を浮かべていた。

 チェノスたち冒険者のギルマスに対する評価は高いけど、ギルド職員たちの評価は低かったりする。

 シエラさんがいうには仕事をあまりしないから溜まってしまい、その都度手伝いをするため仕事が増えるとのことだ。


「……そ、それじゃシエラさん。行ってきますね」


 僕は最後までシエラさんの愚痴を聞き続けた。やり切ったと思う。

 我に返ったシエラさんは顔を真っ赤にして謝ってきたけど、今まで散々お世話になってきたことを考えれば安いものだ。

 ギルドから出る時に、何故か冒険者の人たちに肩を叩かれたけど。うん、その中には別の列に退避した人の姿もあった。

 僕はそのまま街の外に出ると、ウルフ討伐に向かうことにした。

 場所は王都方面に向かう街道沿いにある森で、数が増えると森の外に出てきて街道を利用する旅人を襲ってしまう。

 そのため冒険者たちは定期的にウルフの討伐をしている。

 討伐する数が少なく被害が出るとギルドの方から報酬の出る討伐依頼や緊急依頼が出されるため、それを待ってわざと狩らないようにする人もいる。本当にごく一部の人だけど。


「おう、フローか。今日は一人なのか?」

「はい、またレベル差がついてしまって」

「そうか……まあ、また組める奴が見つかるといいな。あと分かっていると思うが一人だから気を付けていけよ」


 顔馴染みの門番に冒険者ギルドのカードを見せて街の外に出た。

 街周辺は見通しが良い草原が広がっている。

 しばらく街道沿いを歩いて振り返れば、高い防壁に囲まれたライルラスの街が見える。

 さらにはその防壁越しにライルラスの街名物の高い鐘楼も見える。

 知らない人が見たらあれは鐘楼じゃなくて塔だ! っていうに違いない。

 僕も街の外から初めてそれを見た時は塔だと思った。

 昔はあんなに立派な防壁ではなかったらしい。

 ダンジョンが発見されてからナーフの領主が投資して造ったようだ。

 それはダンジョンを資源の場所として活用すると決めたからだろう。ダンジョンブレイクが起こった場合に、街を守るために。

 そしてライルラスの街が栄えたその理由こそ、街の近くにダンジョンがあるためだった。

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