世界は嘘で出来ている
あるくひと
プロローグ
この世界にはかつて多種多様の種族が存在していた。
彼らは絶えず争い、その戦火は留まることなく広がり続けた。
そんな中、全ての種を脅かす存在が現れた。
彼の者の名はルース。魔王と呼ばれ、異界より凶悪な生物を召喚し数々の街を、国を滅ぼしていった。
その力は圧倒的で、争いをしていた人々は停戦条約を結び、手を取り合い魔王に挑んだ。
戦いは熾烈を極め、激しい戦いの末、遂に魔王を討伐した。
しかし魔王は死の間際、世界に呪いをかけた。
その呪いが何だったのか、それは今も詳しいことは分かっていない。
ただ魔王を討伐した五人の英雄たちは、その呪いを恐れて魔王の体を切り裂いて封印を施したという。
こうして世界に平和が訪れたが、時が経つと再び争いが起こり、人間以外の種族はやがてこの大陸から姿を消していった。
それは有名な話で、何処の国でも語り継がれている。
だけど僕が一番好きな物語は違う。
「それで母上。その後ライ様はどうなったのですか?」
僕は目を輝かせていつものように尋ねた。
もう何度も聞いているから結末は知っている。それでも変わらず尋ねてしまうのは、僕にとってそれが特別なものだから。
「そうね。ライ様は王様の期待に応えて悪い貴族に罰を与えると、それが認められて王女様と結婚したの。そして二人は末永く幸せに暮らしたのよ」
それは今から二百年前。腐敗した貴族によりこの国が滅びの危機に直面した時に、王命を受けて国を救った一人の青年の物語。
彼の名はライ。魔王を倒した英雄の一人が興したとされるここリュゲル王国で、最年少で王国騎士団の団長に任命され、後に騎士王と呼ばれるようになった偉人だ。
目を覚ますと、飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
最初は慣れなかったこの硬いベッドも、一年も使っていると慣れた。
僕は素早く身嗜みを整えると、部屋を出て一階へと下りた。
「これはフロー様。おはようございます」
一階の食堂には既に人の姿がなかった。どうやら寝過ごしてしまったようだ。
だからだろう、誰もいないから宿の女主人であるメリッサは昔の呼び方で僕の名を呼んだ。
一応他のお客さんがいる時は気を付けているようだけど、誰もいないとつい呼び方が戻ってしまうみたいだ。何かの拍子に誰かに聞かれそうで怖い。なんて思っているけど、そんな細かいことを他の人は気にしないかもしれない。
いや、一部のメリッサファンは気にするかも。
「すみません。寝過ごしたようです」
「……仕方ありませんね。それよりも大丈夫ですか?」
パーティーを解消されてソロ冒険者に戻ったという事情を知るメリッサは、心配そうに尋ねてきたけど、僕はいずれその時が訪れることは分かっていたからそれ程気にしていない。
「大丈夫ですよ。それよりも朝食の用意は出来ますか?」
無理なら外で、ギルドに行くついでに屋台で済ませばいい。
「もちろんです。ジニーがお腹を空かせて待っていましたよ」
その声にお店の奥からひょっこり顔を出したのは、今年十歳になるメリッサの娘のジニーだ。メリッサと同じ金髪金目の少女は、血が繋がっていないとは思えないほどよく似ている。
「あ、お兄ちゃん。もうお寝坊さんなんだから!」
僕を見てプクッと可愛らしく頬を膨らませて文句を言ってきたけど、
「ご飯の用意をするね!」
と言って再びお店の奥に姿を消した。
コロコロと変わるその愛くるしい表情は、見ているだけで癒される。
ここの宿を利用する多くの冒険者や商人にとってもマスコット的存在となっている。
顔馴染みの人からお土産やお小遣いを貰っているのを見たのは一度や二度じゃない。
少し待たされた後に三人分の料理が用意されて、僕は二人と一緒に朝食を食べた。
時間がかかったのは、スープを温め直してくれたからかな?
「お兄ちゃんは今日もギルドに行くの?」
ご飯を食べ終えたところで、ジニーが尋ねてきた。
「そのつもりだよ。しっかり働いてお金を稼がないとだからね」
僕の言葉にメリッサは、
「宿代は気にしなくていいんですよ」
と言ってきたが、さすがにいつまでも甘えているわけにはいかない。
確かに一時期お金に困った時は甘えさせて貰った時もがあったけど、今では安定して稼げていたから貯金もある。
僕とメリッサの関係だけど、僕がまだ貴族だった頃、僕の母上に仕えていたメイドの一人だ。半年前に亡くなった彼女の夫も、うちで庭師として働いていた。
彼女たち夫婦は僕の母上が二年前に亡くなった後、母上に仕えていた他の同僚と同じように解雇されてヴァーハルトの街を去っていった。
そして僕も一年前、十四歳になった時に跡継ぎに弟が正式に指名されて家から追放された。
本来なら後継者に選ばれなくても何かあった時の予備として残すのが一般的らしいけど、余程邪魔だったらしい。
腹違いの弟の継母が画策して強引に追放したようだけど、父上も特に反対することはなかったみたいだ。
僕が追放されたのは、十二歳の時に祝福の儀で授かったギフトが原因だ。
僕は【レンタル】というギフトを授かり、弟は騎士王と同じ【上級剣術】のギフトを授かったからだ。
その後色々あってナーフ領のライルラスの街まで流れてきて、第二の人生をスタートさせた。
本来なら貴族の跡取りになるはずだったため、一般の人よりも高い教育を受けてきたから色々な知識はあった。読み書き計算が出来るから商人として働くことも可能だったかもしれないけど、最終的に僕が選んだのは冒険者だった。
そこには家の書庫で読んだ、数多くの物語に影響されたというのもある。
ただ一番の理由は……。
「ご馳走様。それじゃ行ってくるよ」
僕は二人に声をかけると、宿を後にした。
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