第5話 依頼
「だよね! やっぱりあれ向井君だったよね!」
途端に晴れやかな笑みを浮かべた貫崎原さんが胸の前に手を合わせて体を小さく上下に揺らす。
「よかったぁ。もしかしたら違うかもってちょっと思ったりもしてたんだ。一瞬だったし、制服じゃなかったし」
昨日ゲーセンで俺が貫崎原さんを見かけた時に、貫崎原さんも俺を見つけていたらしい。撤退の判断が遅かったことが悔やまれる。
「これでもし向井君じゃなかったらまた一人で頑張らなきゃいけないとこだったよ。他の人にはお願いしにくいしね。はーよかった。向井君が居てくれて助かっちゃった」
ほっと息を吐いてよかったよかったと一人で安堵しているところ悪いが、俺にも事情の共有をしてもらえないだろうか。
「あのさ、どういうこと?」
「あ、そうだよねごめんごめん。……どこから話そっか」
「とりあえず、俺はなにをしなきゃいけないんですか?」
貫崎原さんは一瞬だけ眉を寄せて、少し目を見開いた後に視線を逸らした。小さく零したものはただの自省だと思われる。
「あーまたやった」
傍目には順風満帆な学生生活を送っているようで、貫崎原さんには貫崎原さんなりの悩みがあるようだ。深呼吸に気持ちと考えを整理したのだろう貫崎原さんは再度こちらを真っ直ぐに見る。いちいち目の輝きが強いあたりに人を惹きつける理由の一端を感じる。
「ごめんなさい、自分勝手に話をしてたよね」
「そうですね」
「は、はっきり言うね、あはは」
貫崎原さんのばつの悪そうな苦笑に俺としてもこれ以上責め立てる気はない。ちょっと時間を取られた程度のことにいつまでも目くじら立てっ放しはいかにも度量が小さいだろう。
「別に嫌ってわけじゃないんですけどね。わるいけど日直の仕事やりながらでいいかな。話はちゃんと聞くんで」
その代わり今からは俺も俺の事情ってものを並行で実施させてもらう。教室に入って何歩も歩かないうちに止まっていた足取りを進めて自席に向かう俺を、貫崎原さんは二分の一くらいの進み具合でついてくる。
進むほどに出来る幅がそのまま貫崎原さんの遠慮の度合いで俺と彼女との距離感か。本来は隣の隣の教室であるべきそれがなんの因果か机二つ分になってしまっている。
「ありがと。……先に言っちゃうと、お願いしたいことがあるんだ。いちおうそんなに、難しいことじゃないはずなんだけど。昨日のゲーセンに一緒に行ってくれないかなって。それだけ」
中身の最終チェックをした鞄を肩に提げ、貫崎原さん同様に今すぐにでも帰れる格好となった俺は最後に日誌を手にしてぱらぱら捲った。こちらも問題はなさそうだ。
「そのくらいなら構わないですよ。今日これからですか」
意外なようなそうでもないような。想定内の話ではあるもののそうなる経緯はさっぱりわからない。ゲームセンターに行く程度のことに貫崎原さんはどれほどの葛藤を抱えているのか。なぜ抱えることになったのか。
「えーと、いいの?」
「駄目なことはないって感じです。事情はよくわかりませんけど、それだけでいいならゲーセンに行くくらい何も特別なことじゃないので。ああ、別に事情とか理由はいいんで。訊かないんで。で、今日ですか? 明日以降?」
窓の施錠や教室内の整理整頓も指差し確認し、残った一仕事を片付けるべく俺は教室のドアを目指した。入ってきたのとは別、前側のドアだ。すぐ戻るしまあいいかで電気つけっぱでゴミ捨てに行っていたのである。ゴミ箱が教室の後ろに設置されているのが悪い。
ところで貫崎原さんが動かない。教卓まで来たところでそのことに気が付いた俺は立ち止まって名前を呼ぶ。なにやってるんだという問いかけであり行こうよという催促だ。
貫崎原さんは笑い出した。二度目の呼びかけは困惑が色濃い。
「ふ、ふふ、あはは。ご、ごめんすぐ行くね」
そう言っておしゃれに装飾されたバッグの提げる位置を直した貫崎原さんが一気に追いついてくる。
「ふふー。職員室? 日誌の提出だよね?」
過去一距離が近い。俺が右手に持つものなんてわざわざ覗き込んで確かめなくてもつい今し方に目の前で手に取っただろうに。
「あんま距離詰めないでもらっていいですか」
「距離? ……ごめん、近かった……かなぁ?」
「俺にとっては近かったですね。人それぞれだと思います」
「……そっか。じゃあもう少し離れておくね」
「助かります」
二歩離れる貫崎原さんに感謝するはするけれど、女子との距離ならそれで良くても貫崎原雪との距離なら倍は欲しいのが正直な思いである。さすがにそこまで要求は出来ないけれど。
「いつ行くかだったよね。もし向井君が時間取れそうなら今日これからって大丈夫かな?」
「いいですよ」
「ありがとう。それともう一つ、たぶんちょっと認識の齟齬があると思うから確認するんだけどね? 今日だけじゃなくて今日から、しばらくの間、私に付き合ってくれたりはぁする?」
「しばらくってどのくらいですか?」
「わかんない。そんなに長く、一か月とかそういうことはない、と思う」
はっきりしないのは誤魔化しではなく本当に貫崎原さんにも正確なところがわからないように見えた。
「わかりました。出来る範囲でいいなら。じゃあちょっと待っててください。日誌出してきます」
才色兼備の『雪姫』がゲーセンで泣いているのを俺だけが知っている さくさくサンバ @jump1ppatu
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