猫型ロボット、未来から来る

結城藍人

第1話 未来の国からはるばると夢の国ドリームランドへ

「ダメだ、この店はもたない……」


 夢だった飲食店オーナーとしての独立。だから店の名は「夢の国ドリームランド」。ただの「ドリームランド」だと同じ名前の遊園地があるから、重複ではあっても、あえて日本語を前に付けた。


 郊外型カフェに安価な洋風料理を組み合わせたである。それを個人で行おうと、調理師学校を卒業してから働いたレストランで貯めた資金に、銀行からの融資も受けて、校外にピカピカの広い店を建てた。駐車場もめいっぱい広くとった。この地域では、まだ珍しいファミレスに興味を持ったお客様がかなり大勢訪れてくれた。


 だが、実際に経営してみて分かったのだが、ファミレスというのはセントラルキッチンで下ごしらえした料理を短時間で簡単に調理して提供できるからこそ可能な業態だったのだ。店の形だけは真似してみても、セントラルキッチンが無く、すべてを厨房で料理しなければならない個人店では、広さに見合ったお客様が入ると、その人数が多すぎて料理の提供が追いつかない。


 いや、私と妻が両方とも料理に取り組めば、料理自体は何とかなる。問題は、配膳係が居ないことだ。


 アルバイトを雇う? 繁忙期のお客さんが常に来てくれるなら、それも可能だろう。だが、実際には客数の波動が激しい。かき入れ時は料理の提供が追いつかないほど混むが、それ以外のときは結構空いているのだ。


 そして、ファミレスでは料理は低価格に抑えるのが鉄則。大規模チェーンなら料理の食材の仕入れも安価にできるが、個人経営ではそれも難しい。提供価格を抑えるとなると、どうしてもFL比(料理の食材費と人件費の比率)では食材費の比率が高くなってしまうのだ。家族が働くことで人件費を抑えるしか店を存続させる方法が無いのだ。


 夢は所詮、夢でしかなかったのか……息子はまだ小学生だが、いずれ進学となると金もかかる。開店資金として融資を受けた金の返済を済ますと、毎月手元に残るのは生活費ぐらいで生活はかつかつだ。俺の夢のために息子の未来を犠牲にしていいのだろうか……。


「今なら、この店をどこかのファミレスチェーンに売れるかもしれない……いや、意地を張らずにどこかのファミレスチェーンのフランチャイズに入れば……」


 店の帳簿を見ながらつぶやいたそのとき、店の事務室の扉がバーンと開かれ、誰かが叫びながら乱入してきた。


「ちょっと待ったーッ! 諦めるのはまだ早い、ボクが未来の科学技術でこの店を救ってあげるよ!!」


 それは、小学四年生の息子と同じくらいの年格好の子供だった。というか、顔立ちも息子によく似ている。だが、何かが違う。半ズボンに布製のジャンパーをはおり野球帽をかぶっていて男の子っぽい服装だが、髪が肩くらいまでの長さがあるし、運動靴はピンク色だ。もしかして女の子だろうか?


「君は誰だ? どうやって入ってきた?」


 俺の問いに、その子はにっこり笑って答えた。


「ボクは湯目野ゆめの真子まこ。湯目野淳也じゅんやの娘で、あなたの孫だよ、邦男くにおおじいちゃん」


 やはり女の子だったのか……という以前に、なかなか衝撃的な答えが返ってきたのだが。


「ちょっと待ってくれ、たしかに君は淳也にそっくりだが、淳也はまだ十歳だぞ」


「そうか、だとボクと同い年なんだね。ボクは未来の世界からやってきたんだ。ボクの超能力『タイムリープ』でね」


「超能力のタイムリープ!? というと『時をかける少女』みたいな?」


 、息子と一緒に見に行ったを思い出して尋ねると、真子という少女はうなずいて答えた。


「そう、それだよ。……アレ? でも、この時代にその映画ってあったっけ? 確か、お父さんがお母さんとの初めてのデートで見たって言ってたような……あ、その前の実写版の方か! テーマソングをテレビの懐メロ紹介で聴いたことがあったっけ」


「信じられん……」


 思わずそうつぶやいた俺に、真子は口をとがらせて反論してきた。


「でも、タイムリープで直接この店の中に現れたから、鍵がかかってるのに店の中に入れたんだよ」


「なるほど、そう言われると信じざるを得ないな」


 確かに、店の鍵はしっかりとかけておいたんだ。まあ、妻なら合鍵で入れるんだが、息子を連れて二泊三日であちらの実家に帰省中だからな。お盆で店は閉めてるんだが、俺は店の整理のために一日だけ残って明日から合流する予定だったんだ。


 ……その整理のときに店の過去の帳簿を見つけて、思わず最初から見直してしまって経営のことで頭を悩ませていたワケだが。


 ん? この子はさっき何と言った!?


「なあ、真子ちゃん? でいいのかな? 君はさっき確か『この店を救う』と言ってなかったかい?」


 その俺の問いに真子はにっこり笑って答えた。


「そうだよ! 二十一世紀の科学技術が生んだスーパー猫型ロボットでね!!」


「二十一世紀のスーパー猫型ロボット!?」


 思わず問い返した俺の頭に思い浮かんだのは、ほんの一昨年くらいまで息子が夢中になって漫画を読み、テレビまんがを見ていた、不思議なポケットから便利な道具を出して助けてくれる猫型ロボットだった。武田鉄矢が主題歌を歌ってる映画も、せがまれて一緒に見に行ったなあ。


 本当にあんなロボットが不思議な道具を出して助けてくれるなら、確かにこの店も救われるだろう。タイムリープなんて不思議なことをやる孫娘なんだから、そんな猫型ロボットを連れてきてくれたのかもしれない。


「そうだよ! お店にいるから一緒に見に行こうよ」


 そう言って俺の手を引っ張る真子に連れられて、店のフロアに入った俺が見たものは……。


「どいてほしいニャー」

「どいてほしいニャー」


 塔みたいな形の縦長の台車の前に電光掲示板で猫の顔が描かれた、けったいな形のロボットが二台、通路で互いに道を譲らせようとしている光景だった。


「アレなのか?」


 愕然として尋ねた俺に対して、真子は自慢気な顔でうなずいて答えた。


「そう、この子たちが2024年の未来からやって来た猫型配膳ロボット、ベラちゃんたちだよ!」


 それを聞いて思わず大きな溜息をつき、うなだれた俺を見て、真子は心外そうに叫んだ。


「あーっ、ベラちゃんたちのこと疑ってるなー!? 今に見てなよ!」




 …………そして、一年が過ぎた。




 ごめんなさい、俺は二十一世紀の科学力を侮ってました。


 あの配膳ロボたちは、うちの店に足りなかった「配膳係」をしっかりとやってくれた。しかも、愛嬌がある声と態度で、お客様からも大変ご好評をいただいてる。


 おかげで、ウチの店は経営を持ち直した。今年は結構な黒字になっている。融資の返済も順調だし、生活費のほかに貯金する余裕もできたので、淳也の進学のための資金も充分に貯まりそうだ。


 ロボの点検や故障の修理については、定期的に真子が未来からやってきては未来に連れ帰って整備してきてくれる。


 妻も息子も、俺がどこからこんな凄いロボットを手に入れたのか不思議がっているが、真子は二人の前には姿を現そうとしない。


「おばあちゃんは別にいいんだけど、子供の頃のお父さんとは会いたくないなあ。何かの間違いでタイムパラドックスが起きてボクが生まれなくなったりしたら困るし」


 なんて言ってたんだが、その意味は真子が現れた翌年の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見て初めて分かった。


「でもまあ、ボクは未来を変えちゃったんだけどね」


「え?」


「だって、本当はこの店、この年につぶれてたんだもん。お父さんは、子供の頃に実家のレストランがつぶれて生活に苦労してたんだって言ってた。おじいちゃんも借金を返すために働き過ぎて病気になって、ボクが生まれる前に死んじゃってたし。それでもお父さんはファミリーレストランの仕事がしたくて、夜間高校に通いながらファミレスチェーンのアルバイトして、長年かけて正社員になって、ようやく店長になったときに凄い病気が流行して飲食店も閑古鳥が鳴いてピンチだったんだけど、それを救ってくれたのが、このベラちゃんたちだったんだって」


「そうだったのか……」


「だけど、ボクがベラちゃんたちを連れてきたから、ウチはチェーン店を作れるくらい繁盛して、バブルがはじけたあとの厳しかった時期に業界一位の企業とそこそこ有利な条件で合併できたんだって。お父さんが同じ会社に勤めてベラちゃんたちに救ってもらったのは同じだけど、大学卒業後に最初から正社員で入社して、病気が流行した頃は本社の管理職になってたし、おじいちゃんはその会社の役員になったあとで退職してたけど、まだバリバリに元気だよ」


「そう考えると、この子たちさまさまだなあ」


 俺が頭をなでると、ベラちゃん一号が電子の目を細めて言った。


「うれしいニャ~」

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