第16話 それでいいんだ 前編

車内の空気は最悪だった。

熱を出して迷惑をかけてしまった私は申し訳なさが一杯で何も言えないままだった。

笑美さんも私を気づかってなのか所々道を聞きながら静かに運転していた。

車から流れてくる音楽は妙に懐かしい、令和の流行ではなく平成の懐メロ。

笑美さんの年齢は分からないが私よりも結構年上でこの年代の曲がブームなのかも知れない。

車に乗って十五分程、永遠にこの空気が続くのかと思ったが切り口を開けたのは笑美さんだ。

「ねえ美心ちゃん?質問してもいいかな?」

「は、はい」

「答えずらかったら良いから・・・どうしてあの日、店の前で泣いてたの?」

「それは・・・・」

「学校で何か悩んでる?イジメられてたりする?居場所がどこにも無かったり?今日美心ちゃんが倒れて思ったの、所詮、『店の店主とアルバイト』の関係かも知れない、だけど私、美心ちゃんの事もっと知りたい、知らないといけないって思うの・・」

ずっとあの日の涙の訳を問われる事はないと勝手に決めつけていた。

笑美さんは優しからきっと私の事を思ってずっと聞かないつもりだったのだろう。

本当は情けなくて誰にも言いたくない、でもこのまま黙り続けたら永遠に変われないままだ。

私のアイデンティティーは永遠に沈んだままだ。

「私はつまらない人間なんです・・・」

私は笑美さんに全て話した。

私の悩み、夢も目標も無く生きる屍の様な私を花澤美心という人間の心の中を。

笑美さんはだだ黙って聞いていた、何も言わず私の話を。

「私も小さい頃、美心ちゃんと同じ様に『生きてる意味』が分らずただ生きてた。時には死にたいって思う時もあったくらい」

静かに優しく笑美さんは私の心の中に入ってきた。

「笑美さんが?嘘だ・・考えられない・・・」

「昔大きな出来事があって、全て失ったの。決して戻らない大切な物を全てね・・・その時はもうどうしたら良いか分らなくて笑顔の作り方を完全に忘れた」

「でも今の笑美さんはとてもかっこいいです、一人でパン屋を始めて忙しいのにいつも笑顔で、こんな私の面倒も見てくれて」

「かっこいいか~始めて言われたな」

笑美さんの過去は私には分らない、でも今の笑美さんはまっすぐに生きている『笑顔のパン屋』の店主として多くの人にパンと笑顔を届けている。

「何も無かったあの時の私を救ってくれたのがね、ある一人のパン屋が作った『クリームパン』だったの、それを食べた時おいしくて涙が止まらなかった、そして気づいたら失ったはずの笑顔が私の元に戻ってきた」

私は何も言えなかった、笑美さんは私にとって太陽の様な存在だ私の人生を照らしてくれるそんな・・・・だからこそ私には何も言えない、言葉が見つからない。

「美心ちゃん、ゆっくりでいんだよ!焦らなくて良いの、

『生きてる意味』がないならここで見つければ良い。

私だって今こうして頑張って生きてる!笑顔を失った私が今こうして色んな人の前で笑えてる。大丈夫必ず見つかるから。だから諦めないで、つまらない人間なんて言わないで」

気づいたら涙が一滴、また一滴と垂れ始めていた。

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