第14話 不器用な言葉
その日、彼女の顔色は明らかにおかしかった。
彼女が働き始めて二周目の土曜日、彼女は予定通り店の開店時間である九時前には店に来て身支度をしていた。
私は人に何かを説明するのは正直得意じゃない。
レジ打ちのやり方や店の掃除、準備も私なりの不器用な言葉を並べて説明した。
このパン屋を開く前、私がお世話になっていた恩人の店では「働くとはどういうことか自分自身の感覚で学べ」と言われ直接言葉で教わった事はほとんど無かった。
それに慣れているのか、それともただシンプルに口下手なだけなのかハッキリと原因はわからないが、人に何か伝えようとすると少しこわばってしまう。
美心ちゃんは私の説明が丁寧で分かりやすいと言っていたが、本心でどう思っているのかは分からない。
今日の彼女の顔色は明らかに暗かった。目に薄らクマもありバイト初日の先週と比べて驚くほどに覇気が無かった。
今週彼女は放課後に店に訪れ遅い時間まで仕込み作業の手伝いや、レジ打ちの練習を一生懸命していた。
疲れているなら無理はしないで良いと何度も言ったが。
「早く覚えて、戦力になりたいんです」と一点張りの気持ちを全面にバイトに来ていた。
正直スタッフが一人増えて、色々任せられる様に慣れば
私の心も体もだいぶ楽になる。
新しい商品や売上拡大に向けた準備をするのにも十分な時間を貰える。
でも年頃の高校生に無理をさせるほど私の心は軽く無い。
結局、強く「休め」と言えないまま明らかに疲弊している彼女の事を止める事もできず土日の忙しい店の中に入れてしまった。
気づいたら午前中の店のピークは何とかすぎていて、お客さんの流れが一旦止まった。
彼女は慣れないながらもレジや商品の包装などを一生懸命やっていた。
作るパンの名前と値段も短期間で覚えたのか、私に助けを求める事も少なかった。
おかげで私も厨房に長めに入り、パンの製造に集中出来て
店の流れ自体は良かった。
『花澤』と書かれたネームプレートをエプロンの胸ポケットにつけていて最近よく店に通ってる常連候補の老夫婦に「新しい子かね!可愛いねー」と言われ照れてる姿を見る事もあった。
彼女の顔色が悪いのは私の気にしすぎだと思ったその瞬間
彼女は一言も発する事なくその場に倒れた。
レジから聞こえる大きな物音に私はハッとなり、店内に顔をだす。
私は突然の事に驚き、急いで彼女に駆け寄り名前を呼ぶ。
彼女の体はとても熱く、首元を触って一瞬で熱があるのが分かった。
目の前で人が倒れている、その情景が過去の私の大きなトラウマに重なり呼吸が荒くなる。
私は何とか自制心を保ち店を一旦閉める。
今お客さんが店に来たら大変な事になる。
高熱を出した彼女を何とか奥に運びこみ看病する。
やっぱり彼女は無理をしていた、そして私はそれに気づいていながら慢心していて止める事が出来なかった。
私の責任だ・・・・何とかしないと・・・・・
再び荒くなりそうな呼吸を抑えながら彼女の看病を続けた。
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