第12話 綺麗な半月が・・・

お昼休みの時間になり、笑美さんにお茶かコーヒーか聞かれて私はお茶を選んだ。コーヒーを飲めるほどまだ口が大人ではない。

笑美さんがお茶と一緒に焼きたてのパンを乗せて持ってきた。

パン屋の裏側、大きめのダイニングテーブルが置かれ、冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器などの一般的な家電が隣接して置かれたこのリビングは店の中とは違い、所々散らかっていて生活感があった。

「ごめんね、汚くて」

笑美さんは申し訳なさそうに私に言って、キッチンから持ってきたパンとお茶をテーブルに置いた。

焼きたてであろう食パンの上にはツナとにんじんのあえものなんかが乗っている。

「あんまり時間取れないから手短に行くね、さっきは手伝ってくれてありがとね!急に色々頼んじゃってごめんね」

「いえ、ここで働くってなったら当然のことです」

「それでね、これ、ここにサインとかして欲しい!ついでに通帳のコピーとかも見せて欲しい」

差し出された契約書的なものをチラッと眺める、細かい所には目が上手く回らないが、時給の欄を見ると長野県の最低賃金がそのまま書かれてあった。

オープンしたばかりの店だし、私もお金が欲しくてアルバイトがしたかったわけじゃ無い、賃金の部分には特に触れずに目を瞑る。

私は言われた通りにサインをした。これで私のアルバイトが正式に決まる、そんな事をしていたら休憩時間が終わってしまった。

笑美さんは休憩もほとんど取らず、飲み食いしたコップやお皿を放置したまま、すぐに作業に戻った。

落ち着いたら店の方に来てと言われたので、せめてもの慈悲で洗い物をして店に戻る事にした。

本当はレジとかを任せたいと言っていたが、今はそれを教えてる時間はないらしく、閉店後に少し細かく教えてくれるそうだ。

今日の営業は気づいたら終わりを迎えていた、午後もかなり忙しく、オーブンから沢山のパンを取り出したり、重い小麦を倉庫から運んだりして思いのほか体が疲弊していた。

笑美さんは約束通り店の片付けをしながら私にレジ打ちや商品の見方、接客マナーなどを教えてくれたが正直、全部を覚えるのは頭がパンクしそうできつかった。

レジ打ちなんて日頃、コンビニやスーパーで店員があたり前の様にこなしているのを見ているせいか簡単な物だと思っていた。

でも実際自分がやってみると思った以上に細かい動きが必要で大変だった。

パンの種類だって、バーコードがないから頑張って値段を覚えないといけない。

初めての経験ばかりで戸惑うことが多いがこれが働くという事なのかもしれない。

一通りの説明や作業が終わり気づいたら二十時を過ぎていた。

こんな時間に地元以外の場所にいるのは珍しかった、それと同時に電車の本数も限られていて、ゆっくりはしてられない。

「美心ちゃん、明日はどうする?それとこれから先のシフトとかも・・・平日は学校でしょ?」

「はい・・ただ学校からはそこまで時間がかからないので

 十七時半にはここには来れます、ただもう閉店しますよ

 ねその時間・・・」

平日は学校があって営業中にバイトに行くことができない、

フルタイムでここに入れるのなせいぜい土日しかない。

それでも正直少しでも手伝えることがあるなら二時間でも三時間でもここにいて頑張りたい、そう思ってはいる。

「もしできたら土日以外にも来て欲しいな・・・締め作業とか次の日の仕込みとかあるから・・・でも美心ちゃんも学生だし勉強とかもあるから無理のない範囲で大丈夫」

やっぱり人手は足りてないんだ、ましてや笑美さん一人で運営するなんてやっぱり大変なんだろ。

「行きます!いかせてください!私も早く色々覚えて役に立ちたいんです!」

「やる気満々ンだね!じゃあお願い!、それと明日は?

疲れてたら無理しなくていいんだよ?」

「行きます!今日教えてもらったことも忘れちゃうし」

笑美さんは安心したのか顔の緊張を解き微笑む、そして私に優しくハグをする。

「ありがとね、そしてこれからよろしくね・・」

「はい! お願いします」

悲しいわけでも、特別うれしいわけでもないでもなぜか涙が出そうになった、笑美さんの温もりが暖かいからかもしれない。

私は荒れる涙腺を堪え泣くのを我慢する。

私のアルバイト一日目がこれで終わる。なんとも言えない特別な気持ちに包まれたまま電車に乗り席に座る。

何か考え事をしていたが気づいたら居眠りをしていた。

最寄駅の一歩手前でなんとか目を覚まし慌てて立ち上がる。

空には綺麗な半月がでていて私の心を照らしている様に感じた。
















   

   




 


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