第9話 本当の笑顔を
生きてる意味が欲しいんです」
あの日、美心ちゃんが泣きながら言ったあの言葉が私の頭の中から離れない。
まだ高校二年生で将来とかそっちのけで高校生活を十分謳歌することのできる輝かしい時代なのに・・・
そんな事を考えながらいつもの様にに顔を洗い、軽いメイクをして仕事に入る。
パン屋の朝は早い、特に私の店は朝9時から開店するため起床したらすぐに仕込みを始めないといけない。
四月の中旬、二週目の土曜日。時刻は朝五時半。
私は今日作るパンのメニューを見ながら、仕事にかかる。
今日のお昼休みの時間に美心ちゃんがもう一度ここに尋ねてくる。
美心ちゃんをアルバイトとして雇うかどうかちゃんと考えた。店をオープンしてちょうど一ヶ月を過ぎたくらい。
この一ヶ月はなんとかしてお客さんを獲得しようとインスタンの投稿やホームページ作成。また体にも負担がかかると分かった上で移動販売を少しずつ始めた。
正直体はかなり疲れているし、休みの日も一日中店の事を考えている。
店は小さいためなんとか私一人で回せているけど、ありがたいことに若い子達を中心に私の店が話題となったのかお客さんの数も開店一ヶ月にしてはかなり順調だった。
このまま軌道に乗っていけば利益もしっかり出せて、店を出す時にかかった借金を返すのにあまり苦戦しないだろう。
本当ならアルバイトはそのタイミングで考えればいいと思っていた。
そんな中美心ちゃんがアルバイトをしたいと泣き寝入りしてきた。
あんな笑顔で私のクリームパンを食べてくれて、店の前で盛大に泣き顔を見してくれた。
流石に私も彼女を雇うべきなんだと直感では感じていた。
ぶっちゃけアルバイトを雇う余裕はあんまり無い。
でも美心ちゃんが一生懸命働いてくれたら私も少しは楽になるし、もしかしたらより利益を出すこともできるのでは無いかと思った。
土日は流石に平日よりも混む、そんな事を考えながらもパンを作る私の手はしっかりと動いていた。
九時前なんとか最低限店頭に並べるパンを作り終えて、一息コーヒーを飲む。
モーニングサービスで開店から二時間はパンを安くしたり、サービスをする事にしていてオープンしてすぐそれを知った学生やサラリーマンが朝イチでパンを買いにくる。
今日は土曜日だし朝イチで混むことは少ないが一日を通して多くのお客さんがパンを買いに来てくれる。
気合いを入れないと・・・
コーヒーを飲み干し、軽くストレッチをして店を開けに外にでる。
長野県は四月でもかなり寒く、朝方の気温が一桁な時も多々ある。
今日は暖かい日なのだろう、太陽もしっかり出ていてむしろ眩しいくらいだ。
太陽を浴びてビタミンを補給する。
「さあ今日も一日頑張ろう」そう気合を入れる。
「おはようございます!」
その時、道路の反対側に見覚えのある声が聞こえる。
私は視線を向ける。目の先にいるのは美心ちゃんだった。
「すいません、早く来過ぎちゃいました」
「えっと・・・」
「やっぱり私ここでどうしても働きたくて。そう思ったら、いてもたってもいられなくて・・」
驚いた、美心ちゃんとはお昼に一時間だけ店を閉める、そのタイミングに軽く話をして場合によっては少しお店を手伝ってもらおうと思っていた。
なのに予定外でこんな朝イチに・・・
あの日泣きじゃくっていた彼女の顔は今日は朝の太陽に照らされていて別人の様に眩しく輝いていた。
一郎さん・・・私が初めて貴方の店を見つけて必死で
「働きたい」そう頭を下げたあの日、貴方は何を思いましたか?
あの時の私を見ているようです。
「美心ちゃん、アルバイト合格です!よろしくね!」
その日、彼女がアルバイトとしてここに来たのがきっかけで私は失っていた本当の『笑顔』を少しずつ取り戻す事になる。
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