第8話 一日の終わり

帰宅ラッシュが始まり帰りの電車は少しだけ混んでいる。部活終わりの高校生が何人か乗っている。

いつもはこの時間の電車になんか乗らないので、すこし特別に感じた。

私の通っている高校のジャージをきた男女数名のグループも見受けられる。

私はスマホのカメラを開き内カメで自分のビジュアルを確認する。

目元が微かに赤く腫れているがまじまじと見ないと分からない範囲で安心した。

パン屋の前で泣きじゃくってバイトをしたいとうめき声の様に発したあの場面が蘇り、恥ずかしさで顔を赤める。

私のバイトに関しては一旦保留となった、それもそうだいきなりどこの誰かも分からない高校生に泣きながらバイトをせがまれたら誰だって混乱するだろう。

ただ私の採用に関しては前向きらしくて土日のどちらかに改めて話をするためパン屋に行く事になった。

パン屋の店主 宮原笑美さん私と同じ名前に「美」が入っているけど、私と笑美さんとでは大違いで呆れる。

彼女は泣きじゃくる私を必死で察すって泣き止むのを待っていてくれた。

同じ「美」という文字を持つものとして尊敬と憧れすらも感じてしまう。

笑美さんは私の事情に特に触れることはなかった。

空っぽな事がコンプレックスなんて笑美さんの前で恥ずかしくて言えない…

あの時「バイトをしたい」そう思ったことに間違いは無い、あのパン屋の雰囲気、味が私の求めていた希望の光に見えた。

このままアルバイトとして採用が決まったら私の人生は変わるのだろうか、また逃げ出すのではないか不安も頭によぎる。

最寄りに駅につき、ホームを降り、自転車に乗り家路につく。

長野の夜は4月でも結構寒い日が多い。

でも今日の私はいつもより体温が高い。

気づいたら制服の裾をめくり息を切らしながら自転車を漕いでいた。

汗も結構かいていて、家に帰ったらすぐに着替えないと明日大変な事になりそうだ。

家につくとお母さんが仕事から帰ってきていた、いつもは家族の中で一番に家に帰ってきて、二人の帰りを待っているのが普通だった。

だからこそ久しぶりに灯りのついた家に帰るのが懐かしかった。

中学で部活動をしていて帰りが遅かった時は何にも感じなかったのに・・・。

「ただいまー」

「おかえり、今日は珍しく遅いわね…寄り道でもしてきたの?」

いつもより帰りが遅くなることをお母さんに連絡してはいなかった。

靴を脱ぎ、リビングに入る。

お母さんは夕飯を作っていて匂いがリビングには充満している。

「お母さん、私、多分バイト始める」

「え?」

お母さんはは作っていた夕飯の手を止め私をまじまじと見つめる。

「美心?あなたが?」

「うん、朝お母さんが言ってた新しくできたパン屋さん」

「ちょっと・・・何?え?なんで急に」

お母さんが質問攻めをするのも無理はない今まで散々「バイトか何か始めたら?」と私に何回も口うるさく言ってきたが私は無視し続けてきた。

そんな娘が突然自分の口から「バイトするから」と素気なく言われたら気になることも多いだろう。

「特に理由とかはないけど・・・やってみたかったしパン屋」

大嘘をついて母の質問に答える、質問攻めにされるのは昔からすきじゃない、さっさと話に切り込みを入れないと。

「だからその、銀行の口座とか必要で・・・」

お母さんはなんとか深呼吸して平然を保っていた、そして手を止めていた夕飯の準備を再開した。

「明日は雨でも降るのかしら・・・とりあえず後でしっかり教えなさい」

お母さんはすこしテンション高めで私にそう言った。

自分の娘がバイトを始めるのがそんなに嬉しいの?

とりあえず要件はすんだ、私は適当に「うん」とか「はい」とかそんな感じの返事をして二階の自分の部屋に向かう。

自分の部屋に入ると一気に疲れが回ってきたのか、とりあえずカーテンだけ閉めて、少し汗臭い制服を脱ぐこともせずにベットの上に横になる。

お父さんが帰ってきて夕飯になるまで少し寝よう、やっと落ち着いて一人になれた。

きっかけも、理由も曖昧だけど、自分の中の何かが変わったのは確実に感じた。

私はそのまま目を閉じる。











   

   




 


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