第6話 笑顔のクリームパン
『笑顔のパン屋』は道路沿いの一角に何年も前からこの場所にあったかのように馴染んでいた。
回転率の良いラーメン屋のような広さで、しっかり塗り直されたのが分かるくらいには白の濃いペンキが店全体に塗られている。
インスタで見た写真の通りではあるが、今時のパン屋のようなオシャレな外観を意識したようには感じない。
それに新しく出来たと言う割にはどこと無く古さの残る建物だ。
店の前に置いてある看板には確かに『笑顔のパン屋』と書かれている。
看板のデザインはどこと無くおしゃれに作られていて、そこは流行りを意識したのかも知れない。
店名の横に書かれた大きな笑顔のイラストを見ると何故か暖かを感じてしまう。
ガラス張りの扉の前には『close』と書かれた板がかかっていて、店の電気も消えているため店内の様子は外からだとイマイチわからないがパン屋の中では小さい店だと思う。
好奇心でお店の外観を見たかっただけでこれ以上は何も得られない。
でも欲をいうならパンが食べたかった。
我慢して明日訪れたら良いのは自分でも十分承知していた、でも明日になったら興味が薄れていてここに来ることなんてないかも知れない。
とりあえず店の場所を知ることができたから、明日でもそれ以降でも自分の気が向いたらもう一度来よう。
そう思い店を後にしようとした瞬間。一台の軽トラが店の前に止まった。
そのトラックの荷台の表面には『笑顔のパン屋』と店の看板と同じように書かれている。
運転席から慌てたように女性が出てくる。
茶髪のボブで歳は20代後半くらいだろうか、綺麗な肌にスタイルも良く、軽トラを運転しているなんて想像もつかないような綺麗な人だった。
「ごめんなさい! 今日は臨時でもうお店閉めちゃって・・・」
私の顔色を伺いながらその女性は車のドアを閉めこちらに向かってくる。
私は急の事にすこしテンパりながらも答える。
「知ってます・・ただこの店が気になって外観だけでも見に来ようかなって・・・」
閉店してるのを知っていてわざわざ外観だけ見にくる人なんてどんな物好きだよ・・自分で自分にツッコミを入れたくなる。
彼女はおそらくこの店の店主だろう。
変なやつだと思われたら恥ずかしくて顔が赤くなる。
さっさとこの場を去ろう、その一心で目の前の店主の彼女にに軽く頭を下げる。
「また空いてる時に来ます」
パン屋を後にしようと思った時彼女の声に引き止められる。
「ねえ! ちょっと待って!」
「え?」
彼女は慌てた様子でトラックに戻り荷台を開ける。
荷台の中は小さい靴だてのようなものが収納されている。
テレビで移動販売について特集されていたのを見たことがあるが、その時テレビで紹介されていた食料品販売車と形状が似ていた。
キッチンカーはよく目にしたことがあるが、移動販売車をこの目で直接見るのは初めてだ。
「今日ね、移動販売に行ってたんだけど、パンが少し余っててね」
彼女は荷台から袋に包まれたパンを取り出す。
「どれも今日までしか保たなくて、処分しないといけないの・・・よかったらこれ」
彼女は私の元に駆け寄り袋に包まれたパンを渡す。
丸みを帯びて、綺麗な焼け色が袋越しからもしっかりと見える。
「これね、私の中では自信作なの『笑顔のクリームパン』」
「貰っていいんですか?」
「うん! わざわざ店の前まで来てくれたってことは、私の店のパンが食べたかったのかなって思って。それに処分するくらいなら誰かに食べてもらいたい!」
私は袋からパンを取り出す、よく見るとチョコペンで表面に顔が書いてある。
「ありがとうございます」
パンを半分に割る、中は綺麗な黄色のカスターで溢れていた。
パンを一口頬張ると口の中にまっすぐ甘さが入ってくる、そして柔らかな生地がその甘さを包み込む。
口の中いっぱいに幸せが溢れていくのを感じた。
「美味しいです! こんなの食べたことない! めちゃくちゃ美味しいです」
美味しいと言う言葉を連呼し語彙力のかけらもない感想を彼女に伝える、ここにくる前はそこら辺のパン屋とそこまで大差ないと思っていた、でもそんな事なかった、美味しい、食べ物でここまで感情が揺れるのは初めてかも知れない。
彼女は私の顔を見て微笑みながら言う。
「良かった!」
彼女の笑顔を夕陽がスポットライトのように明るく照らし一段と私の目に輝いて見えた。
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